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【大会結果】11/3 第66回全日本剣道選手権大会

更新日: 2018/11/9


西村英久(熊本・29歳)、2年連続三度目の大会制覇!!

試合後のインタビュー「プレッシャーから逃げていた」

優勝 西村英久
試合後のインタビューではリラックスした表情で答えた西村。

いろいろな方々に支えられた一年だったと思います。そう言った意味では、優勝できて恩返しが少しできたと思います。

そして私の気持ちを汲んで言葉をかけてくれる米田先生は、有難いと思っています。

世界大会から、ずっと試合が続いたていました。世界大会では勝ちたいと言う気持ちがあったなかで個人戦で負けてしまい、団体戦では足を引っ張ってしまいました。日本代表として、団体戦では一本をつないで勝っていこうという作戦の中で、私が迷惑をかけてしまいどんどん苦しくなりました。。

(世界大会から全日本選手権まで時間のない中で)プレッシャーに押しつぶされそうになったときに、九州学院高校の米田先生に電話し「もっとプレッシャーを感じろ、もっと苦しめ」と言われ、苦しい気持ちがスッと落ち着きました。それは、自分がプレッシャーから逃げていたから、押しつぶされそうになっていることに気付きました。

自分にもっとプレッシャーを与えることによって、この試合(大会)をラクな気持ちで、楽しくできたのではないかと思います。

尊敬する先輩

(大会では日本代表選手とも対戦しましたが)ん〜、勝ちたいとは思っていましたが「無心」でやることが、私の剣道ができる一番のことだと思っていますので、今日は無心でなにも考えずに体が動く通りにやれたと思います。

(準々決勝から試合時間が10分に)試合をやっていて苦しいと思うこともありますし、試合時間が長くなればなるほど苦しいと思います。そういうところで、プレッシャーと日々向き合っているからこそ、試合の時はまだまだいける と違う自分が出てくるのだと思います。

(内村選手に関して)本当にすごいな!という思いしかないです。年齢のこともそうですが、試合で先取されても取り返して勝ち上がってくるのは剣道だけではなく私生活や人間性もすごくでるのだろうと感じさせれる、尊敬する先輩です。

(内村選手に勝ち続けているが)たまたまです笑 本当にたまたまです! 九州学院高校の先輩であることが大きく、胸を借りてやろうと思える先輩です。

決勝にのぞむ時は「楽しみたい」とおもいました。決勝戦になると私は勝ち負け(の意識が)がなくなる、決勝で勝ちたいという気持ちよりも、思い切って自分の剣道をすることに気持ちを持っていき、内村先輩に胸を借りるつもりでのぞうもうと思ってでた結果でした。

決勝後に米田先生へ報告したら「おめでとう」と言っていただきました。決勝試合前にも電話し「自分を信じて行ってこい」と言われ、試合前なのに泣きそうになってしまいました。

とことん連覇を意識してこの一年かやってきました。

(決勝では早い展開での決着について)昨年優勝のプレッシャーの部分を味方にして楽しめたことが、思いきり試合ができたのだと思います。

(3回目の優勝、連覇に関して)ありがたいですね笑 連覇したという感覚はまだないです。じわじわくるのかな、と思います。

前回優勝した時に連覇ということを求めたらダメだと思ったら、前回大会は負けてしまいました。

今回はとことん連覇を意識してこの一年かやってきました。だからこそプレッシャーというものを感じてたのだと思います。プレッシャーとの向き合い方、感じ方、プレッシャーとの接し方がわからなかったときに米田先生に「苦しいということは、それだけ連覇を意識ているということだ」と言われ、もっと食いしばらなければいけないと思いました。私は逃げていたのかもしれません。先生からは、いい言葉をいただきました。

下がらないで前で潰す

(9月の警察選手権優勝について)この全日本選手権があったので、ある意味負けても良いという気持ちでのぞみました。

警察選手権は世界大会が終わったばかりだったので 剣道をすることに意味が・・・ 一時的に剣道をやりたくなった 今後どうやったらいいのか・・・ という気持ちがあったなかで、結果をだせたことは嬉しかったですが、全日本選手権と警察選手権では気持ちの持ち方が違っていました。

全日本選手権は今年最後の試合なので、自分の気持ちを最大限にするにはどうしたらいいか考え、それが全日本選手権でできたのだと思います。

(以前の守り主体から攻め主体にして)去年までは間合いを切ったり下がる剣道をしていたのですが、下がらないで前で潰す前に行く剣道をやろうと、のぞみ、そしてこの結果につながったのかなとおもいます。

反省し研究

世界大会で(自分が)負けてから技術面、どこが悪かったのか自分で反省し研究ました。結局、技術面ではないということに行き着きました。みんな同じ技術を持ち、メンタルとなったときにどういう風に試合にのぞんでいたのか、試合中の自分の気持ち・・・という自分なりに分析をして、もっともっと冷静に試合をしなければいけないな、と反省できたことが良かったと思います。

ジュンジュンから10分

 

日本代表キャプテン

(世界選手権が3年後に)近いうちに日本代表候補合宿があります。正直、一回休みたい、というところはあります笑 が、走りだしてしまわなければならないです。

今回らキャプテンをさせてもらうのでみんなを引っ張っていけたら ・・・ おこがましいので 私がやっているところを見てもらうっていう方がいいのかなってもってます。

 

西村・熊本連覇を誓い大会へ出場した西村。後藤(石川)を二本勝ちし初戦に勝利。二回戦では強豪・中澤(高知)にコテで先制されたが気を抜かずメン、コテを取り逆転。3回戦では村方(福岡)との延長戦で引きメンを決めベスト8へ。準々では松﨑(宮崎)から延長で得意のコテで勝利し、準決勝の安藤(北海道)には出ばなのコテを2発決めて決勝へ。優勝をかけて内村(東京)と対戦し、42秒間で鋭いコテを決めて2回決めて勝利し、連覇を達成した。

二位 内村(東京)四度目の優勝を狙う今大会最年長の内村。警視庁では特練選手ではないものの、いまだその勝負強さは健在。1回戦では渡部(山形)を延長でコテ、2回戦では若手・齋江(鳥取)から二本勝ち、3回戦では大柄の村上(大阪)、そして準々決勝の國友(福岡)の両試合を面返しメンで勝利した。準決勝では明治大の後輩でもある竹下(大分)と対戦し、メンを選手されるもコテ、心理を読みきったかのような面返しドウを決めて勝利した。決勝では西村の前にまたしても敗れてしまったが、堂々たる二位。
安藤・北海道世界大会個人優勝の安藤。なんとしても手にしたい天皇杯。課題でもある初戦、坂口(和歌山)にはメンで二本勝ち。2回戦での尾池(岡山)もメンで一本勝ち、三回戦では新鋭の久田松(愛知)を延長で引きメンを決め、多彩な面技で勝ち上がる。準々では優勝経験のある勝見(神奈川)から力強いメン、さらに諸手ツキで二本勝ちし、準々決勝ではライバル・西村との対戦となり、試合序盤で鋭い面で攻勢だったが、西村にコテを2本奪われ敗れた。優勝に期待がかかる選手であることは今後も変わらない試合展開随所で見せた。
三位 竹下(大分)竹下は五度目の出場、選手権三位や警察大会個人二位、世界大会団体でも活躍した。瞬発力のある剣風で1回戦では日置(愛知)をメン、2回戦では佐藤(千葉)にはコテを両試合とも延長できめてた。3回戦は山田(北海道)を出ばなメンと引きメンで二本勝ちし、準々では前田(大阪)に面を先取されたが得意のメン取り返し逆転でベスト4へ。準決勝では、明大の先輩でもある内村との対戦では試合中盤に鋭いメンで先制したが内村がコテ、さらにドウを立て続けに取り返し逆転負けとなったが、竹下の鋭い技の数々に会場が沸いた。

優秀選手(ベスト8) 松﨑(宮崎)宮崎代表の松﨑、中大時代には関東学生個人王者など実績を持ち現在は宮崎県警で活躍している。松﨑は準々決勝までの4試合すべてで延長戦となり、勝負強さを発揮した。大会開幕試合で嶌津(千葉)から延長で引きドウで勝利。2回戦では強豪・岩切(大阪)では紙一重の相メンで勝利し、3回戦では上段・平野(埼玉)の出ばなで左コテを決めた。準々では西村(熊本)に延長でコテを奪われ敗退したが、まとを絞らせない試合展開でベスト8の結果を残した。

優秀選手(ベスト8) 勝見(神奈川)第64回王者・勝見、世界大会三度の出場などその活躍は誰もが知るところ。1回戦では塩谷(静岡)を引きメン、出ばなメンで二本勝ちし、2回戦では強豪・林田(福井)との大一番。両選手とも出ばななど洞察力に優れている。試合終盤に勝見が小手返しメンを決めて一本勝ちした。3回戦では新鋭・宮本(東京)とは序盤にコテを決めて一本勝ちしたが、準々では安藤(北海道)に二本負けで今回大会を終えた。風格を身につけ進化を続ける勝見、まだまだ第一線での活躍に期待したい。
優秀選手(ベスト8) 國友(福岡)國友は選手権二位2回と、優勝に近い存在。1回戦では同じく二位の実績のある強豪・小谷(千葉)と20分以上の接戦の末、引きメンを決めて勝ち上がり2回戦では平井(島根)から出ばなメンで勝利。3回戦では上段・野村(神奈川)と対戦し、試合終盤に野村の片手面を返しドウで対応し一本勝ちでベスト8進出を決めた。準々では内村と対戦し、終盤で國友の仕掛けた面を巧みに返し面を決めた内村が勝利した。
優秀選手(ベスト8) 前田(大阪)若手成長株の前田、身体能力が高く思い切りのいい剣風で相手を翻弄する。1回戦では小柄な小江(山口)を延長で飛び込みメン決めて勝利し、2回戦では菅野(岩手)から小手返しメン、さらに反応鋭い出ばなメンを決めて二本勝ち、3回戦では新鋭・松﨑(茨城)からメンで先取するも松﨑に面返し胴で返され、勝負の立合いで前田がドウを決め返すという意地で勝利をもぎ取った。準々決勝、竹下との対戦は楽しみな期待を裏切らない打ち合いとなった。前田が序盤に出ばなメンで先取したが、竹下に本戦、延長で2本の面奪われた。まだ25歳ながら2年連続ベスト8の結果を残し、今後はもう一段階上のステージと登ってくるだろう。

優秀選手 村上(大阪)激戦区・大阪から初出場しを決めた村上、今年度の教職員大会団体ではチームの優勝に貢献するなど高校、大学と数々の輝かしい実績を持つ。大柄で迫力があり正統派な剣風でベスト16まで勝ち上がった。初戦の大谷(栃木)から延長で面返しドウ、2回戦では松本(香川)を試合終盤にコテで一本勝ち。3回戦で内村を相手に一歩も引かず、常に攻めの姿勢を崩さなかったが延長で面を奪われ敗れた。その堂々たる試合展開は観客を魅了し、そして、優秀選手に選ばれた。

優秀選手 村方(福岡)村方は選手権四度目の出場。1回戦では桐石(兵庫)から先取されるもメン、延長で引きメンを決めて逆転勝利。2回戦では村松(東京)からメン、コテを決めて二本勝ち、三回戦では西村(熊本)と延長まで競合うも最後は引き面を受けてベスト16で大会を終えた。

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優勝 西村(熊本)

※優勝インタビューコメント、準備中

結果

優勝 西村英久(熊本)

二位 内村良一(東京)

三位 安藤 翔(北海道)

三位 竹下洋平(大分)

・ベスト8

松崎亮介(宮崎)、勝見洋介(神奈川)、國友錬太朗(福岡)、前田康喜(大阪)

・優秀選手
松崎亮介(宮崎)、勝見洋介(神奈川)、國友錬太朗(福岡)、前田康喜(大阪)、村上雷太(大阪)、村方孔哉(福岡)

優勝 西村英久(熊本)優勝 西村英久(熊本)

内村良一(東京)二位 内村良一(東京)
安藤 翔(北海道)三位 安藤 翔(北海道)
竹下洋平(大分)三位 竹下洋平(大分)
優秀選手
上位戦

※大会詳細結果は【全日本剣道連盟HP】に掲載されています。

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決勝

○西村(熊本)(ココ 勝ち )内村(東京)×

試合時間42秒、西村がコテを二本決めて大会連覇を決めた。内村はなすべなく、四度目の大会優勝を蓮子とができなかった。

決勝

決勝

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準決勝

○西村(熊本)(ココ 勝ち )安藤(北海道)×

※試合序盤は安藤が攻めたが、西村が安藤の面にコテを2本決めて勝利。

準決勝 西村がコテで先取

準決勝、試合も終盤にさしかかり安藤が一本を狙ったところを再び西村がコテを決めた

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○内村(東京)(コド 勝ち メ)竹下(大分)×

※鋭いメンで先制した竹下だったが、内村が面に対して出ばなコテを決め、勝負の立合いで面返しドウを決めて逆転勝ち。d

準決勝

準決勝

準決勝

準々決勝

1:×松﨑(宮崎)( 延長 コ)西村(熊本)○

※鋭く攻めてコテ

準々決勝

2:×勝見(神奈川)( 勝ち ツメ)安藤(北海道)○

※安藤が大きく振りかぶりメン、さらに諸手ツキを決めて二本勝ち

準々決勝

準々決勝

3:○内村(東京)(メ 一本勝ち )國友(福岡)×

※返し技が冴えていた内村はこの試合でも面返しメンを決めて準決勝進出へ

準々決勝

4:○竹下(大分)(メメ 勝ち メ)前田(大阪)

※前田がメンで先取したが、竹下が本戦、延長でメンを決めて逆転勝利

準々決勝

準々決勝

準々決勝

注目選手

山田・北海道 意外にも初出場だった山田(北海道)。九州学院時代に日本代表に選出され、明治大学では学生王者に。1回戦では坂口(京都)、2回戦では赤塚(新潟)、3回戦では大学の先輩でもある竹下に二本負け、初出場はベスト16で終えた。

中澤・高知実力選手の中澤(高知)は、1回戦で新鋭・山下(茨城)から勝利し、2回戦では西村と対戦ではコテで先取したものの逆転されてしまったが、西村から今大会唯一の一本を奪い、その実力を証明した。
尾池・岡山ベテラン・尾池(岡山)は五度目の出場。1回戦では足立(埼玉)に勝利したが、2回戦では安藤に敗れた。
小谷・千葉選手権二位などの実績があるベテラン・小谷(千葉)は1回戦から國友(福岡)と注目の強豪対決となったが、國友が延長でメンを決めて小谷は一回戦で姿を消した。

宮本・東京宮本は國士舘大の時に選手権三位の輝き、今回三度目の出場は東京代表、警視庁所属での出場を決めた。1回戦では前田(奈良)、2回戦では望月(福岡)の初出場両選手で同年代に勝利したが、3回戦で勝見に敗れた。今後の活躍に期待がかかる。

千田・宮城明治大4年の千田(宮城)は、二度目の出場だったが、1回戦で恒川(岐阜)に敗れた。今後の活躍に期待したい。
塩谷・静岡塩谷は明徳義塾高でインハイ個人王者、法政で活躍し現在は静岡県警の主力選手となった。今大会は1回戦で勝見と対戦しその牙城を崩すことはできなかった。
野村・神奈川神奈川から初出場を決めた上段の野村。本庄第一高から警察に入り、警察大会個人・団体で活躍している。経験豊富な選手との対戦が続き1回戦では西村健(兵庫)に先取されつつも逆転勝利、2回戦では笠原(三重)を延長戦で下したが、三回戦では國友に一本負けしベスト16で終えた。

岩切・大阪大阪から初出場の岩切。警察大会団体では代表戦に出場し優勝に大きく貢献するなど、実力選手として知られる。今大会では1回戦で森角(長野)、2回戦では松﨑と対戦し、延長で相面で敗れた。

平野・埼玉埼玉県警特練の主将である平野、35歳で初出場を決め、1回戦で山本(広島)、2回戦で恒川(岐阜)に勝利し3回戦・ベスト16となった。
林田・福井前回大会三位の林田(福井)は1回戦で下重(福島)、2回戦では世界大会代表対決、勝見と対戦し勝見の出ばな面を決められ敗れた。
菅野・岩手岩手代表の菅野は、インターハイ個人王者、そして國士舘大で活躍し、近年では国体優勝など印象的な活躍している。今大会では1回戦で、東京から初出場を決めた警視庁の西野に勝利した、2回戦では前田に敗れた。

久田松・愛知愛知から初出場を決めた久田松。1回戦では早稲田大の先輩でもある嘉数(滋賀)、白鞘(長崎)に勝利したが3回戦で安藤に敗れたもののベスト16という実績を残した。

村松・東京白の道衣・袴が印象的な皇宮警察所属の松村は東京から初出場。国士舘大時には個人で全日本学生に出場している影の実力選手。1回戦では古畑(青森)を延長で勝利したが、2回戦では村方(福岡)に敗れた。
橋本・埼玉埼玉・橋本は過去にベスト8、今年の七段戦では優勝と乗っている。今大会は内村と並ぶ38歳最年長で5回目の出場だったが、1回戦で若手で初出場の齋江(鳥取)に敗れた。
松﨑・茨城茨城代表・松﨑は、島原高校で大活躍し現在は筑波大2年生。1回戦では山名(静岡)、2回戦では濱崎(鹿児島)に勝利。3回戦では前田と対戦し先取されるも取り返すなど接戦の末、惜しくも敗れた。

序盤戦

ベスト8

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3回戦(ベスト16)

3回戦

○松﨑(宮崎) (コ 延長 )平野(埼玉)×

○西村(熊本) (メ 勝ち )村方(福岡)×

※引きメン

○勝見(神奈川)(コ )宮本(東京)×

○安藤(北海道)(メ 延長 )久田松(愛知)×

※引きメン

○内村(東京)(メ 延長 )村上(大阪)×

○國友(福岡)(ド 一本勝ち )野村(神奈川)×

○竹下(大分)(メメ 勝ち )山田(北海道)×

※出ばなメン、引きメン

○前田(大阪)(メド 勝ち ド)松﨑(茨城)×

※前田が面抜きメン、松﨑が面返しドウ、前田が飛び込みドウで2本目

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3回戦・ベスト16始まる。西村は村方、勝見は宮本、安藤は久田松と対戦へ。

2回戦

ベスト16

スコア

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2回戦、中澤(高知)が西村(熊本)からコテで先取するも、西村がメン、延長でコテを決めて逆転勝利。勝見(神奈川)は林田(福井)から出ばなメンを決めて一本勝ち3回戦へ。

内村(東京)は斎江(鳥取)からコテ、メンを連取し2本勝ち。

2回戦

スコア

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1回戦、初出場の山田(北海道・明治大)、前田(大阪)、松﨑(茨城・筑波大)2回戦へ。

1回戦

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安藤、勝見、竹下、林田ら世界大会メンバーは1回戦に勝利している。

1回戦

1回戦

全日本剣道選手権大会 1回戦が進行中!

1回戦

開会式

全日本剣道選手権大会 天皇杯

H30第66回全日本剣道選手権大会

2018年11月3日(土・祝)
東京・日本武道館

組合せ

※大会詳細・組合せは【全日本剣道連盟HP】に掲載されています。

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【取材・速報】3/5 全日本実業団女子・高壮年剣道大会

更新日: 2016/3/5

全日本実業団女子・高壮年剣道大会

大会レビュー

女子の部、新人チーム・三菱東京UFJ銀行(大手町)が初優勝!

女子決勝、MUFJが大同との代表戦を制し初優勝
女子決勝、MUFJが大同との代表戦を制し初優勝。

 3月5日(土)、全日本実業団女子・高壮年剣道大会が東京都足立区・東京武道館で開催された。
大会は女子3人制団体戦、高壮年の部個人戦・五段以下、六段以上の3部門がおこなわれた。
まず女子団体、4月に入社を控えた新卒学生選手の出場が認められており、新戦力を加えたチーム編成で大会へエントリーするチームも多い。そして、今大会ではそのルールにより、波乱ずくしの大会となった。
大会2連覇中のパナソニック(ES)勢は、グループチームすべてベスト8に進出を逃す結果となった。前回大会優勝のパナ(ES門真)は2回戦で若手メンバーで揃えたJR東日本リテールネット(東京)に2-0で敗退し、前々回優勝のパナ(ES本社)は3回戦で西日本シティ銀行(本店)と代表戦になり、パナES・元木が西日本シティ・宮本を奪われ敗退した。西日本シティは2回戦で大塚家具に勝利し、強豪相手に勝利を重ね上位進出も見えてきたが、4回戦で東京海上日動(本社)に代表戦で敗れた。
前回大会二位の全日本武道具は、中堅に新卒選手・西尾(鹿体大4年)を配置し、盤石の体制で大会へ挑んだ。初戦から大将戦、3、4回戦では代表戦もあり苦しい試合を大将の興梠が乗り切る。チームの歯車があわぬまま迎えた準々決勝でNTTと対戦し、NTTは先鋒戦で勝利、中堅戦を引き分け、勝利が必要な全日本大将・興梠だったが果敢に攻めたが勢い余って場外反則等2回で一本負けし、この対戦は2-0でNTTが勝利した。

昨年6月の関東実業団で初優勝したJR東日本リテールネット(本社)は2回戦でパナ(ES横浜)に1-0で敗退。パナES横浜はこの勝利で波に乗りかけたが、4回戦で大同特殊鋼(本社)に敗退。
大同特殊鋼(本社)は前回大会ベスト8と着実に実力をつけているチームであり、準々決勝では東京海上日動を2-0で下し準決勝のNTT戦でも2-0と勢いにのり決勝進出を決めた。
決勝の対戦相手は三菱東京UFJ銀行(大手町)。4月に入社を控えた学生選手3名によるチーム編成。先鋒の斎藤は明治大、中堅の古谷田は東京学芸大で活躍し、大将の五十嵐は日体大で大将をつとめた強豪選手。とはいえ、3選手とも大会へは初エントリーであり、このチームの勝ち上がりを予想できたものは少なかったのではないだろうか。
MUFJは初戦となった2回戦でALOK(東京)を本数差で勝利し、4回戦ではNTT東日本と代表戦、準々決勝のNTT西日本、準決勝の福岡トヨペット(A)をそれぞれ大将戦で五十嵐が勝利し1-0の僅差の勝負をものに決勝戦までたどり着いた。
決勝戦、初優勝を懸けた大同対MUFJ。先鋒戦、MUFJ・斎藤が試合序盤に大同・吉田から打ち合いの中から一瞬の隙を見逃さずにメンを決めて一本勝ち。つづく中堅戦では大同・藤野がMUFJ・古谷田から絶妙なタイミングの引きコテ、さらに、同じタメの効いた引きドウを決めて2本勝ちし大将戦へつなぐ。大将戦、大同・吉本はMUFJ・五十嵐より頭一大きい選手だが、五十嵐は恐れずに面を中心に試合を組み立て、試合中盤に飛び込みメンを決め、つづく2本目の立会いで吉本の面の打ち終わりに合わせて放った引きメンが優勝を決める1本となった。本数でリードを許した状況を五十嵐の逆転勝利で三菱東京UFJ銀行(大手町)が初優勝へ導き、五十嵐は最優秀選手にも選ばれた。
例年、上位を独占する勢いだったパナソニックES勢が序盤で敗退し、さらに全日本武道具やJRリテールもベスト4に届かず、新人選手はなかなか活躍できない事も多いこの実業団大会で、新人3選手で挑んだ三菱東京UFJ銀行(大手町)の優勝。初出場ながら今後は追われる立場となり、今後の試合にも注目していきたい。また、強豪チームは6月の関東女子実業団、そして次回大会での制覇を狙い、女子大会は混戦となるだろう。

高壮年六段以上、山本有樹(NTT)が豪快な面で大会を制す!

六段以上で優勝した山本(NTT)、インタービュー映像を公開中!
六段以上で優勝した山本(NTT)、インタービュー映像を公開中!

高壮年大会は40歳以上の選手に出場権が与えられ、6段以上と五段以下の2部門に分かれ個人戦をおこなう。トーナメントは40歳代から70歳代まで概ね歳の近い順にトーナメントが組まれ、選手層の厚い40代選手は60歳代選手より多くの試合をおこなう変則的な組み合わせとなっている。
序盤戦から強豪選手が姿を消す。優勝経験のある上段・宮本(三井住友海上)は3回戦、鬼塚(富士ゼロ大阪)は3回戦で朝日(JRリテール)に勝利し勝ち進むも6回戦で敗退。前回大会優勝の日永田(グローリー)は5回戦、前回二位の南(NTT)は5回戦で香川(JRリテール)に鋭いコテを決められ姿を消した。その香川も6回戦で小森(大塚家具)に敗れた。

五段以下決勝、加藤(日通)は石井(テンプ)から延長でメンを決めて優勝。
五段以下決勝、加藤(日通)は石井(テンプ)から延長でメンを決めて優勝。

 強豪選手の勝ち上がりとしては、全日本選手権でも活躍した立花(九電)は初戦となる2回戦で北口(TOLL)に敗退。今年初出場の梅山(NTT)は、2回戦で野口(富士ゼロ)との強豪対決をコテを決めて制し、キレのある面を中心に勝ち上がり5回戦では、大会唯一の連覇を成し遂げている立見(三井住友海上)に敗退した。立見はNTT勢の対戦が続き6回戦で強豪・山本(NTT)と対戦し、最後は山本が渾身の面を決めると、さらに7回戦でも小森(大塚家具)からメンで勝利し、準々決勝の永鳥(日新製鋼)、準決勝戦でも梶山(三井住友銀行)からそれぞれ面により2本勝ちで決勝進出を決め、細川(鹿島建設)との対戦がきまった。
決勝進出者の年齢は山本が40歳、細川は50歳。トーナメントの特性上、決勝戦は歳の差の対戦となり体力、キレのある年下選手が勝つことが多いが、前回大会では年長選手の日永田が経験と判断力で南を下し優勝を果たしている。
山本と細川の決勝戦、山本は低い構えから面を幾度も狙うが細川は紙一重でしのぐ。細川も素早く間合いを詰めるが、山本を崩し切れない。延長戦に突入しても面を狙い続け山本は、優勝を決めた一本もやはり面だった。試合時間約8分の間に引き面は打たず、前へ前へと20回以上を面を放った山本。インタビューでも「自分は面から切り崩し剣道なので、そのスタイルを変えることは一切考えていなかった。」と面へのこだわりを語った。
五段以下の部は約300選手がエントリーし、準決勝で石井(テンプスタッフ)が谷(凸版)から勝利し決勝へ進出し、加藤(日通)と対戦。42歳の石井は体のキレと伸びのある面で、49歳の加藤を攻める。試合終盤に石井の面の動き出しに合わせて加藤が面を放ち先制したが、石井はすぐに飛び込み面を取り返す。延長戦へ突入しても運動量が落ちない石井だが、加藤が徐々に鋭い攻め面や逆胴など攻め始め、最後は石井の動きだしに合わせて加藤がまっすぐ打ち込んだメンが一本となり、加藤が優勝を果たした。

ハイライト

女子準決勝、大同は先鋒・吉田、大将・吉本の勝利でNTTから2-0で勝利。
女子準決勝、大同は先鋒・吉田、大将・吉本の勝利でNTTから2-0で勝利。
両チームとも初のベスト4入りを果たし、MUFJ大将・五十嵐が福岡トヨペット・平松から勝利し決勝進出。
両チームとも初のベスト4入りを果たし、MUFJ大将・五十嵐が福岡トヨペット・平松から勝利し決勝進出。
大会制覇を目指した全日本武道具だったが、準々でNTTに敗退。
大会制覇を目指した全日本武道具だったが、準々でNTTに敗退。
関東王者・JRリテール、パナES横浜に2回戦で敗退。
関東王者・JRリテール、パナES横浜に2回戦で敗退。
不振だったパナES勢は、ベスト8に駒を進めることができなかった。
不振だったパナES勢は、ベスト8に駒を進めることができなかった。
六段以上6回戦、優勝候補・立見(三井住海)を山本(NTT)がメンを決めて勝利。
六段以上6回戦、優勝候補・立見(三井住海)を山本(NTT)がメンを決めて勝利。

閉会式、六段以上優勝・山本(NTT)インタビュー

結果一覧

女子

ベスト4

  • 優勝 三菱東京UFJ銀行(大手町)
  • 二位 大同特殊鋼(本社)
  • 三位 福岡トヨペット(A)
  • 三位 NTT

敢闘賞(ベスト8)

  • NTT西日本(本社B)
  • 東京海上日動(本店)
  • 全日本武道具
  • 大同特殊鋼(星崎)

最優秀選手

  • 五十嵐 蕗(三菱東京UFJ銀行(大手町))

6段以上の部

ベスト4

  • 優勝 山本有樹(東日本電信電話本社)
  • 二位 細川昭浩(鹿島建設)
  • 三位 梶山和徳(三井住友銀行本店)
  • 三位 田邊 勉(千葉銀行)

五段以下の部

ベスト4

  • 優勝 加藤禎之(日本通運本社)
  • 二位 石井丈司(テンプスタッフ本社 )
  • 三位 谷 秀俊(凸版印刷本社)
  • 三位 藤麻雄三(三菱東京UFJ銀行大手町支店)

表彰式

各部門

  • 優勝 三菱東京UFJ銀行(大手町)
    優勝 三菱東京UFJ銀行(大手町)
  • 二位 大同特殊鋼(本社)
    二位 大同特殊鋼(本社)
  • 三位 福岡トヨペット(A)、NTT NTT
    三位 福岡トヨペット(A)、NTT NTT
  • 6段以上の部
    6段以上の部
  • 五段以下の部
    五段以下の部
  • img_4591
    最優秀選手 五十嵐 蕗(MUFJ銀行)

トーナメント表

全日本実業団女子剣道大会 全トーナメント

全日本実業団女子剣道大会 全トーナメント

結果

結果

女子団体ベスト8

女子団体ベスト8

六段以上 上位

六段以上 上位

五段以下 上位

五段以下 上位

※全結果、上位トーナメントは【全日本実業団剣道連盟HP】に掲載されているものです

試合レポート

各準決勝

セレクト

セレクト

サテライトブログに掲載予定!

六段以上、40歳代選手を中心に、高画質映像で多数掲載予定!

  • ※準備中

過去の大会情報と関連情報リンク

【2010年インタビュー 】 第4回 学生王者 鹿屋体育大学 木谷洋亮 後編

木谷洋亮

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インタビュー後編

体育大学なので、入学前はちょっとビビってましたが・・・

鹿屋体育大学
鹿屋体育大学

__そして、鹿屋体育大学への入学が決まりました。寮生活には抵抗はなかったと思います。ただ「体育大学」なので、高校以上に大変なことも多かったのではないでしょうか?
木谷:入学前はちょっとビビってましたが・・・ 実は、すごく良い環境なんです!!
__どういうことですか?
木谷:おそらく毎日合宿のような厳しい稽古をして、寮生活で先輩の付き人で大変な思いをして・・・ というような想像をしてませんか?
__そうですね。
木谷:ぜんぜん違います!!稽古は通常2時間、朝練は火曜日と木曜日のみ。上下関係も最低限で、稽古が終わったら先輩から弟のように可愛がっていただきました。
__その可愛がりは??(笑)
木谷:呼び出されて、すごく飲まされるとかじゃないっすよ!!基本的に剣道部は禁酒・禁煙なので、そういうことはないです。ご飯をおごってもらったり、一緒にゲームをしたり・・・ 友達みたない感じですよ。ちょっと言い過ぎかな、先輩に失礼ですね(笑)。
__それは意外です!!地獄のような1年生生活を送っていたのかと思ってました!!
木谷:自分も意外でした(笑)。本当にのびのびと剣道ができます。自分に合っていますね。サボったり、遅刻が続いたりしないかぎり、ヤラれることはなかったですし。別に稽古が楽ってわけではなく、「しんどい」稽古をしてますよ。剣道に集中できる環境が整っているという意味です。
__なるほど。ただ、場所は・・・
木谷:かなり田舎です!!(笑)。
__自然派の木谷選手らしいですね(笑)。いつからレギュラーとして試合に出場しているのですか?
木谷:有り難い事に入学し、1年生の時から使っていただいてます。
__すごいですね!部員は何名くらいいるのですか?
木谷:現在は110名くらいです。他の体育大学よりは部員が少ないと思います。田舎なので(笑)。
__田舎じゃないですよ、自然に恵まれた環境ですよね(笑)。成績はどうでしたか?
木谷:1年生の時は、九州大会個人で2位、全日本学生選手権(個人)ベスト16、全日本学生優勝大会(団体)は先鋒で使っていただき3位になりました。
__なんか1年生で4年分のタイトルというか、実績を残しましたね!
木谷:まんざら間違ってないですね・・・
__え!?冗談のつもりが・・・ まんざらというと?

オマエが負けたなしょうがない。

H21、全日本学生優勝大会で優勝
H21、全日本学生優勝大会で優勝

木谷:2年生になり、急に調子が悪くなったんです。九州大会個人でギリギリの成績で全日本学生選手権に出場するも、1回戦負け。全日本学生優勝大会は、先鋒で出場しベスト8。戦力的にも優勝できると思っていたので、試合に出場していない4年生の先輩達もたくさん日本武道館に来ていたんです。そんな中で、自分が準々決勝の先鋒戦で2本負けしたことにより、チームが負けてしまったんです。泣きながら先輩一人ひとりに謝りに行きました。
__先輩達は何と言ってましたか?
木谷:「オマエが負けたなしょうがない。」って言っていただきました。一緒に涙を流して悔しんでくれました。自分は、先輩に本当に恵まれてると思いましたし、自分1人だけの悔しさだけではなく、先輩達の悔しさを晴らすためにも、稽古に明け暮れました。
__そして3年生になり、復活、または悔しさを晴らすことはできましたか?
木谷:それが、あきれちゃうことに九州大会個人で1回戦負けでした。調子の良い時の感覚が戻らず、悩み、苦しみ、剣道を辞めたいとも思いました。しかし「先輩達の悔しさを晴らさなければいけない、それは全日本学生で優勝することにより果される」と思い、剣道を続けました。
__その「優勝」を目指す事が、さらにプレッシャーになったりしなかったのですか?
木谷:プレッシャーとかそういう次元ではなかったです。「優勝」することしか考えないでやりました。それ以外はなかったです。そして、自分を信じて稽古し、仲間を信頼して九州大会(団体)に臨みました。
__結果はどうでした?
木谷:中堅で出場し、優勝しました!復活の手応えを感じました。先生やチームメイトのお陰です。
__そして、最大の目標である全日本学生優勝大会ですね。
木谷:大会前、すごく調子が良かったです。チームの雰囲気も良かったし、「優勝できる!!」と思いました。そして、本当に優勝する事ができたんです!!本当に嬉しかった・・・(しみじみ)
鹿屋体育大学
H21、全日本学生優勝大会で優勝
__あの決勝で決めた面2本は完璧に近かったのではないでしょうか?すごく印象的でしたよ!!
木谷:ありがとうございます!!団体での優勝が最大の目標なので、本当にすごく嬉しかったです!!2年生の時の悔しい思いもありましたし、先輩達に少しは恩返しができなたかな?と思いました。
__先輩達も、そりゃ喜んでますよ!
木谷:そうであることを願います(笑)
__とにもかくにも完全復活ですね! そして冬の時期の稽古を行ない、今年の4月に最終学年4年生となりました。九州大会個人はどうでしたか?
木谷:3位でした。3年生の時の1回戦負けに比べれば、上出来だと思います。なにより、1回戦が今までに経験した事がないくらい緊張しましたね(笑)。

狙わないと優勝はできないです。

__結果が出せてよかったですね! 全日本学生選手権前の稽古はどうでしたか?
木谷:6月の1週目〜3週目に教育実習があり、母校の帝京第五高校に行ってたんです。二宮先生や高校生達と稽古して、原点に戻った思いでした。高校での稽古で「突き」の練習をしたんです。自分が高校生の時、結構突きを決めていたなって思い出しました。あと、インターハイ愛媛県予選で母校が優勝したんですよ。嬉しかったですね〜(笑)。後輩の姿を見たら、勇気をもらいましたね。
__試合前の仕上がりはどうでしたか?
木谷:実は、良くも悪くもなかったです。調子が良いと、試合でガンガン攻めて、隙をつかれて「ポカ負け」しちゃうんです(笑)。結構あるんですよね(笑)。今回は、悪い要素もあったので、それを補う意味でも集中し、悪かった時の対策も考えることができました。
__大会での目標は?
木谷:優勝を狙ってました!狙わないと優勝はできないですよ。どんな大会でも常に「優勝」を狙ってます。
__そして全日本学生では、強敵を下しながら準々決勝に進出し、同じ大学の竹下選手でした。どんな心境でしたか?
木谷:竹下は後輩なので、負けられない気持ちでしたね。勝てて良かったです(笑)。
__そして準決勝、反対側には、同じ大学の江島選手がいました。
木谷:二人で決勝をやりたかったですが、まず、自分の試合に集中しました。準決勝では「無心」で打つ事ができ、すごく強い選手ですが、勝つ事ができました。最後の一打は、勝手に体が反応しましたね。それだけの稽古もしてきたつもりですし。

たった一瞬の隙・・・

優勝を決めた突き
優勝を決めた突き

__ついに決勝戦です。対戦相手は、国士舘大学の石田選手でした。かなりの強敵ですよね?
木谷:間違いなく強敵です。小学生のころから知ってましたし、超有名選手ですよね
・・・ 文句なく強いです。それ以外の言葉はないですよ。
__対戦した事はあったのですか?
木谷:大学1年生の時に対戦し、引き分けました。
__そうでしたか。決勝戦は決着戦ですね。
木谷:いやいや、石田選手はまったくそん風に思ってないっすよ(笑)。ただ、石田選手に勝って優勝するれば、みんなに納得してもらえると思ったので、かなり気合い入りました。相手が強ければ、強いほどやる気になります。
__ちょっと話しが戻りますが、全日本女子学生では同じ大学の橋本選手も優勝してました。刺激を受けましたか?
木谷:橋本選手の優勝で、チームとして勢いがつきました。「男子も鹿体大から優勝者を出そう!」って。
__個人戦ではあるものの、団体戦の気持ちですね。決勝戦はどうでしたか?
木谷:まず、あの決勝戦の雰囲気。武道館の真ん中で、スポットライト、360度の観客席・・・ あの中で試合を出来た事は一生の思い出ですね。

男女と鹿体大が制す
男女と鹿体大が制す

__なかなか味わえないですよね。一握りの人しかあの場所には立てないですから。試合はどうでしたか?
木谷:「絶対に負けない!」という気持ちでした。しかし試合自体は、焦る事無く非常に冷静に行なえました。
__20分にも及ぶ試合でした。
木谷:そんなに長くやっている感覚はなかったです。体力は消耗していましたが、それは石田選手も一緒だったと思いますし。
__長い試合だと「早く終わりたいな?」とか思わなかったですか?(笑)
木谷:まったくないですよ!(笑)。勝つ事に必死でしたから!前阪先生と非常に厳しい稽古をしてきましたし、「勝利への執念」です。
__失礼しました! 試合展開はどうでしたか?
木谷:試合中に一つ思ったのは、石田選手は隙がないです。打っても捌かれ、隙を見せたら必ず打ってきますから。「攻め」が強かったです。とはいえ、自分の剣道を信じて攻め続けました。
__そして、最後は見事な突きでした。
木谷:やはり試合前に母校・帝京第五での稽古できたことが大きかったですね。最後の一打は、石田選手のたった一瞬の隙がわかったんです。「ここだ!」って突きを打つことができました。どこかで突きを打とうとは思っていましたが、最後は反射的に打てました。
__カッコ良かったですよ!
木谷:そうですか?アハハ
__言わなきゃ良かった(笑)。ウソです。 優勝の感想は?
木谷:ホント嬉しかったです!優勝以外は、1回戦負けも一緒だと思って出場していました。ただ、自分だけの力で優勝できたのではないです。先生方、チームメイトのおかげです。
__恵まれた環境なんですね。優勝直後の東西対抗では、見事に・・・(笑)
木谷:あ〜 それいいますか!今日は、優勝の話しだけじゃなったんですか!(笑)。日体大の柳谷選手は、ホント強かったですよ!!早いし、動きが読めなかったですね。
__そうでしたか。

王者として、返り討ちにする。

2連覇が学生最後の目標
2連覇が学生最後の目標

__最後に、今後の目標をお願いします。
木谷:九州学生大会で優勝する事ができたので、もう「全日本学生で二連覇」しかないです!!王者として、返り討ちにするくらいの気持ちです! ちょっと言い過ぎかな・・・(笑)
__それくらいの気持ちで大丈夫だと思います!学生剣道界でいま、その発言をできるのは木谷選手だけですよ!(笑)前回の優勝大会、選手権で個人で優勝しているんですから。
木谷:ただ九州学生大会でも、まだまだ課題が残る試合内容だったので、1つでも多く克服して10月の全日本学生優勝大会にのぞみたいです!!
__期待しております!!今日はお忙しいところありがとうございました!!


木谷 洋亮(きたに ようすけ)

木谷 洋亮(きたに ようすけ)
昭和63年7月1日生まれ 広島県出身
剣道四段
・広島県・育成館道場にて剣道を始める。
・市立竹原中学校
・帝京第五高校
・鹿屋体育大学

※2016現在、愛知県警
【育成館道場】全国道場連盟大会(団体)準優勝
【竹原中学校】全国中学校剣道大会 出場
【高校】全国選抜剣道大会 優勝、インターハイ個人出場
【大学】全日本学生優勝大会 優勝1回 3位1回、全日本学生剣道選手権大会 優勝


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【2010年インタビュー 】 第4回 学生王者 鹿屋体育大学 木谷洋亮 前編

学生王者 鹿屋体育大学 木谷洋亮

自然が一番!!だから強くなれたんです。

「田舎ものって思われても関係ない。
いまのオレがあるのは、大自然で育ったから。」
と言い切った木谷選手。
その強さは、「環境」にあった。
山で育ち、恵まれた先生、先輩、仲間・・・
なにより「剣道が好き」ということ。
それはどんなに苦しくても「続ける」モチベーションとなる。

努力は結果として現れた。
平成21年度全日本学生剣道優勝大会では
鹿屋体育大学の優勝に大きく貢献。
平成22年度全日本学生剣道選手権大会
初の個人タイトルを手に入れた。
そして、全日本学生優勝大会2連覇を目指す。
学生剣道界の「王者」木谷洋亮選手がLET’S KENDOに初登場!!

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兄貴が怖かった・・・

中2で全国大会2位。中学生までは背が低かったんです・・・と。
中2で全国大会2位。中学生までは背が低かったんです・・・と。

__インタビューを受けていただきありがとうございます!
木谷洋亮選手(以下:木谷):よろしくお願いします。
__早速ですが始めさせたいただきます。剣道をなぜ始めたのですか?
木谷:歳が6つ上の兄の影響で、5歳から育誠館道場で始めました。兄貴には、よく稽古でぶっ飛ばされてましたね。小学生の頃は、兄貴と稽古するのが本当に嫌でした(笑)。普段は仲がいいんですよ。稽古の時だけは・・・(苦笑)
__一番身近に、一番怖い「先輩」がいたんですね(笑)。小中学生の時は、どのくらい稽古をしてたのですか?
木谷:稽古の休みは月に1回くらいですね。
__ええ〜、小学生の時からですか!?遊んだりは?
木谷:学校が終わって、友達と野球をしたりとかはなかったですね。とにかく剣道が好きだったので、苦にはならなかったですよ。当時、遊びたいからって「剣道を辞めたい」と思った事も、稽古をサボった事もなかったです。

__そうですか〜 ご立派です!(笑)。成績はどうだったんですか?
木谷:小学生の時は良い成績は残せませんでしたが、中学2年の時に道場連盟の全国大会の団体で準優勝しました。決勝で、いばらき少年剣友会に4−1で負けました。悔しかったな〜。ちなみに1勝したのは自分です(笑)。
__チームが負けたら関係ないですよ!(笑)。
木谷:そうっすね(笑)。
__中体連の大会はどうでしたか?
木谷:1つ上に鴨宮康仁先輩という、自分の憧れの方がいたんです。自分が中2の時に、鴨宮先輩が全中の個人で優勝したんです。それを見て「自分達もやるぞ!」と思い、中3の時に団体で全中に出場しました。
__全中ではどうでしたか?
木谷:3校の予選リーグで、自分の竹原中が宮崎県大王谷中に勝ち、北海道の新十津川中に負けたんです。結局3チームとも1勝1敗になり、本数差で大王谷中が勝ち抜け、そのまま優勝してました。あ〜、悔しかったな〜。
__惜しかったですね〜! 剣道ばかりで、勉強の方はどうだったのですか?
木谷:兄弟が5人いて、みんな勉強ができるのですが、自分だけ・・・(笑)

毎日、道のない所を走ってました。

駅までダッシュで山を下る!
駅までダッシュで山を下る!

__了解しました! 広島県竹原市出身ということですが、どういうところですか?
木谷:結構・・・いや、かなり田舎ですね(笑)。実家が山の中にあったんですよ。近くに学校がなかったので、小学校も中学校も電車で通ってました(笑)。
__大変でしたね!
木谷:駅まで山道を歩くと15分くらいかかるのですが、林みたな、道のないところを走ってショートカットすると、5分で駅に行けるんです。小さい時は剣道か、山で遊んでました。そんな毎日でした(しみじみ)。今になって思うと「足腰が鍛えられていたのかな?」と思います。毎日遅刻しそうで、走って駅までいってたんですけどね(笑)。
__間違いなく鍛えられたと思います(笑)

稽古中に「しんどい」を超えると、楽しくなるんです。

高1、全国選抜で優勝!
高1、全国選抜で優勝!

__愛媛の帝京第五高校へ進学します。選んだの理由は?
木谷:鴨宮先輩が行っていたので、自分も行きたいと思いました。
__広島から愛媛へ行ったという事は、寮生活になるのですね?大変でしたか?休みや、広島に帰る事はありましたか?
木谷:まず、親の有り難さを知りました。掃除も洗濯もなんでも自分でやらないといけないので。実家に帰れるのは、お盆と正月の一週間くらいですかね。
__稽古はどうでしたか?厳しかったんじゃないんですか?
木谷:かなり・・・鍛えてもらいました・・・
__えぇ〜 それは〜 木谷選手の打ち方が悪く、元立ちの先輩の竹刀が、たまたま木谷選手のノドに数十回入ってしまい、アザになったような経験があるということですか?(笑)
木谷:その通りです!(笑)。鍛えていただきました!(笑)
__強豪校だと、よくある事ですよね〜(笑)。精神的にはどうでしたか?
木谷:剣道を始めた時から、稽古で当然肉体的に疲れることはあるのですが、精神的には辛くならないですね。
__剣道が好きなんですね(笑)。
木谷:稽古は、肉体的にも精神的にも「しんどい」です。ただ、稽古中にその「しんどい」を超えると、楽しくなるんです。例えば、かかり稽古を30分くらいやると、倒れそうなくらい疲れ、非常に「しんどい」です。だけど、なにかの拍子に「しんどさ」を超えるんです。そうなると、なぜか楽しくなるというか、「やったるぜ!!」ってなるんですよ(笑)。そう言う時は、稽古後に充実感、達成感がすごくあるんです。今は試合前の追い込み時期にそうなることが多いですね。
__マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用「ランナーズハイ」に似てるのかもしれませんね。目標としてた選手はいらっしゃいましすか?
木谷:道場と高校が一緒の鴨宮先輩と、勝見洋介先輩(倉敷高→鹿体大→神奈川県警)です。あっ高校生の時に、勝見先輩に手ぬぐいももらったことがあるのです。ある合同稽古でご一緒させていただき、その時に「手ぬぐいをください!!」とお願いしたんです。勝見先輩は、自分のために手ぬぐいを洗ってから渡してくれたんです!すごく嬉しかったですね〜。「カッコいい!」と思いました!
__だけどもうなくなっちゃったんですよね?(笑)
木谷:そんなわけないじゃないすか!(笑) 大切にしまってありますよ!!
ちゃんと書いてくださいよ〜!!(笑)
__失礼しました(笑)

女子を休ませるために、がんばってた!?

__高校の稽古はどうでしたか?
木谷:週3回の朝練と、平日は夕方、土日の午前の稽古です。朝練は体力トレーニングです。夕方の稽古は4時から8時くらいまでやってました。土日は、練習試合の時もありましたが、比較的少ない方だったと思います。大学系の大会などに出場することも少なかったです。ただ練習試合では、よく先生に怒られて、口の中が引き裂けてましたね(笑)。そういう経験があるから、いまがあるのだと思います、はい。
__良い事言いますね〜!! 印象的な稽古はありましたか?
木谷:先生1人、生徒男女各1名の3名1組になり、先生(元立ち)と1本勝負をし、負けるとかかり稽古です。自分は1本勝負で結構粘れることもあるのですが結局負けて、かかり稽古でボコボコにされるんです。終わったら女子が先生と1本勝負して、かかり稽古。で、女子がすぐに先生に負けちゃうんですよ〜(笑)。場合によっては一打ちで負けたり・・・ 自分が、ぜんぜん休めなくて、まるで女子を休ませるために、長く粘ってがんばってるみたいな(笑)。
__カッコいい先輩じゃないですか〜!! サボったりはしませんでしたか?
木谷:稽古に行かなかったことはないですね。稽古中に、ちょっと面を着けるのを遅くして先生に一番でお願いしにいかなかったりしましたね。わざと遅く付けたのを見破られまして、かかり稽古でエラい目にあったことがあります(笑)。

優勝旗返還だけ行きました・・・

2年生の選抜は、優勝旗返還のみでした・・・悔しかった。
2年生の選抜は、優勝旗返還のみでした・・・悔しかった。

__サボれない、手も抜けいないんですね(笑)。レギュラーとして試合に出場し始めたのは?成績はどうでしたか?
木谷:1年生の8月からです。3年生が引退してからですね。1年の3月、全国選抜に副将として出場し、優勝しました。四国大会は2年生で優勝、3年生の時は2位でした。
__選抜の優勝は特にすごいですね!2年生の時の全国選抜はどうでしたか?
木谷:予選で負けたので、優勝旗返還だけ行きました・・・(しょんぼり)
__あら・・・ ショックは大きかったのではないでしょうか?
木谷:すごく落ち込みました。監督も呆れていまいした(笑)。落ち込んでいる時に、先輩などに励ましてもらい復活しました!
__ということはインターハイも出場したんですか?
木谷:団体は負けちゃったんですけど、個人では出場しました!インターハイでは、負けちゃいましてけど(苦笑)
__出場できたのは、よかったですね〜!。さて、高校で実績を作り、大学進学となります。関東などの大学は考えていなかったのですか?
木谷:関東はまったく考えになかったです。勝見先輩がいる、鹿屋体育大学に行きたかったんです。そして、関東の大学に、西日本、九州の大学の強さを見せつけたかったんです。あとやっぱり都会より自然があったほうが落ち着きますよね(笑)。自分のわがままを、帝京第五の二宮先生のお陰で入学する事ができました。本当に感謝してます。
__大学の選択は木谷選手らしいですね。育った環境近かったり、憧れの先輩がいるだけでモチベーションも高くなりますよね。


木谷 洋亮(きたに ようすけ)

木谷 洋亮(きたに ようすけ)
昭和63年7月1日生まれ 広島県出身
剣道四段
・広島県・育成館道場にて剣道を始める。
・市立竹原中学校
・帝京第五高校
・鹿屋体育大学

※現在は愛知県警です
【育成館道場】全国道場連盟大会(団体)準優勝
【竹原中学校】全国中学校剣道大会 出場
【高校】全国選抜剣道大会 優勝、インターハイ個人出場
【大学】全日本学生優勝大会 優勝1回 3位1回、全日本学生剣道選手権大会 優勝


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インタビュー – 第2回 遅咲き剣士 橋本桂一(伊田テクノス)

「名門」「エリート街道」はまったく通ってません!

「過去の戦歴だけがすべてではない」
経験と努力で這い上がってきた伊田テクノス“エース”橋本桂一選手
ロングインタビュー!!いまでは”実業団 NO.1”と言われるまでになった男の歩んできた道を
ざっくばらんに語ってもらいました!!

自宅に道場があったんです。

愛車ハマーに載って登場!!
愛車ハマーに載って登場!!

__今日は埼玉国体の合宿が終わったばかりだというのに、インタビューを受けていただきありがとうございます!
橋本桂一選手(以下:橋本):こちらこそ、遠くまで来ていただきありがとうございます。
__早速ですが、インタビューを始めさせていただきます!まず、なぜ剣道を始めたのですか?
橋本:自宅に道場があり「剣誠館橋本道場」をやっていたんです。幼稚園の年長から始めました。僕から「やりたい!」と言ったらしいのですが、まったく覚えてないです(笑)。
__えー!そうなんですか!いまでもその道場で稽古をしているのですか?
橋本:いえ、高校生くらいの時に自宅建て替えに伴い、道場はなくなりました。なくなるときはあまりにもあっさりでしたね(笑)。ただ色々な思い出があったので「なくなる」と聞いた時は泣いてしまいましたね。
__そうなんですか。
橋本:あと小学校高学年から中学校の時に、妙武館という道場にも通っていました。埼玉県警の井口清先輩も妙武館出身です。そこはレベルが高くて、良い稽古もできました。
__週に何回くらい稽古していたのですか?剣道は好きでしたか?
橋本:月に1回やるかやらないかですね。あまり好きではなかったですよ(笑)。中学校受験の塾通いで全く剣道なんて出来ませんでした。

名門・九州学院中学校に武者修行!?

中3で九学に武者修行。
中3で九学に武者修行。

__え〜 週1回ですか!少ないですね〜(笑)。中学生の頃はどうでしたか?
橋本:私立の京北中学校(東京)に入学し、電車で1時間以上掛けて通ってましたね。剣道がやりたいからとかではなく「お受験」したんです(笑)。
__へ〜。剣道が強い人から「お受験」なんてめったに聞けない言葉ですね(笑)。剣道部にも入部したんですよね?
橋本:はい。ただ・・・
__ただ??
橋本:結構サボってました(笑)。だって家が道場ですから、帰っても師範である父と稽古しなきゃいけないんですよ。しかも僕が帰ってくるのを待ってるんです(笑)。
__逃げ場がないですね(笑)。家ではどんな稽古をさせられていたのですか?
橋本:父は基本を大切にするので、切り返しや打ち込み(かかり稽古)ばかりです・・・。殴られたりすることはなかったですが、稽古はその分厳しかったですね・・・(しみじみ)
ただ、あれをやったからこそいまがあるのかな?って思います。キレイな正しい剣道を目指しているので・・・。今更ながら感謝してます(笑)。というか、今だに稽古をつけてもらってます。強いんですよね〜。
__一番近くに、一番良い元立ちがいらっしゃるんですね(笑)。中学生の時の戦績はどうだったんですか?
橋本:中学2年生の時に、東京都で個人3位になり関東大会に出場し、1回戦負けでした。悔しかったですが、「また来年ある!」と心を切り替えられました。
__そして中3の時はどうでしたか?
橋本:そうそう、中3の時に監督から「九州学院に行ってこい」と武者修行を命じられたんです。一人でですよ〜!「トップレベルを経験してこい」という意味だったと思うのですが。当時、内村良一選手(現・警視庁)などがいて、良い勝負ができたんです。自信になりましたね。ただ中3の関東大会は・・・ 東京予選のベスト8(個人)で負けました。
__あら、残念でしたね〜。
橋本:予選で負ける前までは「高校では、強豪校でやってみたい!!」と思っていたのですが、負けた瞬間にその思いはなくなりましたね。そこからちょっとグレちゃいました。
(笑)。「強豪校に行って坊主になり、毎日稽古やって・・・ そんなに剣道なんてやりたくねぇよ」って(笑)。

稽古をサボらない様に見張られてました(笑)。

稽古をサボり何度も脱走!?
稽古をサボり何度も脱走!?

__そうですか(笑)。どんなグレかたをしたんですか??
橋本:髪を染めたり、近所の○○を・・・(割愛)
__ハッキリ言って載せられないですね(笑)。そして、高校でも剣道は続けましたよね?
橋本:はい。高校入学の時は心を入れ替えて「名門じゃないけど、絶対全国大会に出場してやる!」と思ってましたよ。サボったりはしてましたけどね(笑)。
__やっぱりサボりぐせは治りませんでしたか(笑)。
橋本:ある日「今日はサボろう!」と思って帰宅しようとしたら、先輩が学校の正門、裏門を見張ってんですよ!「橋本をサボらせるな!」って部活で話し合いがあったみたいなんです(笑)。
__「橋本包囲網」ですね(笑)。
橋本:そうですね(笑)。その時は自分の「サボりたい!!」気持ちが、先輩達の「帰らせない!」気持ちを上回り、校舎裏の塀を乗り越えて脱出しました(笑)
__執念ですね(笑)。次の稽古でヤラれなかったですか?
橋本:やられました(笑)。
__あらら、それはしょうがないですね(笑)高校での戦績はどうだったんですか?
橋本:団体は1年生からレギュラーに入れました。ただ・・・ 3年間1度も、タイトルはおろか、関東大会すら出場できませんでした・・・。
__ええ〜 そうなんですか!じゃあ、中・高校生での戦績は、中2の関東大会個人だけってことですか?
橋本:そういうことです(笑)。

剣道を辞めて音楽で食って行きたかった。

音楽への夢はい今だに捨ててない!?
音楽への夢はい今だに捨ててない!?

__いまの活躍からは想像ができないですね〜。戦績のない状態だと、大学も剣道推薦は・・・?
橋本:そもそも剣道は、辞めようと思ってました。3年生になってから、スタジオを廻ってバンドを組んだんです。ギターやドラムなどの楽器もできましたが、ボーカルをやってました(笑)。
__意外ですね〜。
橋本:最初のうち、剣道一筋の父親には言えなかったですが、続けているうちにバレましたね。そしてインターハイ予選で負けて、本気で「大学へは行かず、バンドで成功する!!」と思い、両親にも相談しましたが大反対。当然ですよね(笑)。「頼むから大学は出てくれ」と言われたので、当然受験勉強はしていないのですが、試験を受けて帝京大学に合格しました。
__勉強しないで大学に合格するって私からしたら、そうとうすごい事ですよ!そして大学に入学し、「一般生」として剣道部に入部したのですよね?バンドはどうしたんですか?
橋本:バンドは、大学受験前に「方向性の違い」で解散しました(笑)。それでも剣道はあまりやる気がなかったのですが、親父に「やらないなら防具は捨てる」と言われて「それはちょっと・・・」と思ったんです。なので、大学の入学式が終わって4月の中旬くらいに一応剣道部に入部しました。

ビックマウス?有言実行?

3年時、全日本学生選手権で3位入賞。
3年時、全日本学生選手権で3位入賞。

__はい、大学剣道をどう思いましたか?
橋本:1年生の5月に行なわれた関東学生選手権を見て「オレならやれる!」と思ったんです。無駄に自信があったんですよね〜、なんでだろうな(笑)。僕は覚えていないのですが同級生に「オレは関東学生か全日本学生(個人)でベスト4に進出する!」って言ってたらしいんです(笑)。そしたら「とんでもないビックマウスが入部して来た」って噂になってたみたいです(笑)。
__「剣道推薦」でもないヤツが何を言っているんだ?って感じになっちゃったんですかね〜(笑)
橋本:その大会後からは毎日一番に道場へ行って掃除して、稽古では先生に嫌がられるほど毎日お願いし、稽古終了後も先輩や同期を誘って居残り稽古をしてましたね。
__おお!なんかやっとやる気が出てきた話しがでてきましたね!
橋本:1年生の頃は、縁があって中央大学に出稽古へ行ってました。強豪選手も多くいましたし、その中で「自分の剣道が通用する。」という自信もつきました。そして2年生頃からは、大学の稽古がない日に埼玉県警の稽古へ参加するようになりました。
__どんな経緯だったんですか?
橋本:初めて出場した「全日本選手権 埼玉予選」の時に、井口清先輩と延長までやらせていただき負けたのですが、試合後に声を掛けていただいたことがきっかけです。そして、県警で井口さんと初めて稽古させていただいた時に「心を読まれ」完膚なきまでに打たれました。忘れられないです(笑)。
__稽古も充実し、今度は「ビックマウス、公約の達成」ですね。
橋本:2年時の関東学生選手権は、開会式後の1試合目で2本負けしました。そして3年時も同じ開会式後の1試合目だったんです。何かの「運命」を感じましたね。これで2年連続初戦敗退なら、試合を勝つセンスがないと思い、背水の陣で臨みました。そしてその大会で、ベスト8まで勝ち上がりました。全日本学生選手権への出場も決まり「ベスト8」に満足している自分もいました。そして「燃え尽き」状態になってしまったまま、翌々月の全日本学生剣道選手権に出場したんです(笑)。

剣道人生を大きく変わるキッカケと出会えた

「全剣連強化訓練合宿」で剣道観が変わる
「全剣連強化訓練合宿」で剣道観が変わる

__ええー!(笑)。どうやって修正したんですか?
橋本:全日本学生での試合では、先制されては逆転してなんとか勝ち上がったんです。3回戦だったかな?某大学の選手と対戦し、小手を先制されたんです。その時に、大学特有の「ヒューヒュー」っていうのが聞こえてきて、なんかそれを聞いたら急に燃えてきちゃったんですよね(笑)。ただ、稽古をしていましたがあまり良い状態ではなかったので、試合中に急に心が燃えても、稽古不足で身体がついてこない・・・ ホント「気持ち」だけで3位になれました。すごく良かったです!この結果によって、剣道人生を大きく変わるキッカケと出会えたんですよ。
__そのキッカケとは?
橋本:「全剣連強化訓練合宿」に参加させていただけるようになったんです。参加選手は、世界大会に出場する選手などですね。やはり警察官が圧倒的に多かったですが、高校生や大学生も全国大会の成績次第で招集されるんです。合宿では、木刀での素振りから始まり、稽古、練習試合などを行なうのですが、それだけではなくて、剣道の基本的な礼儀や姿勢、稽古・試合での重心、力の込め方などを教わり、自分では身に付けていると思っていたのですが、全然違いましたね。
__例えばどんな事ですか?
橋本:面を抱えて歩く時の持ち方一つから違うんです。衝撃的でしたね。また、トップ選手の動きや技を研究ができたことが収穫ですね。マネをするのではなくて、アレンジして自分のものにした技もあります。
__日本を代表する選手達は防具の持ち方から違うんですか・・・ 私にも今度教えてくださいね(笑)。総決算の4年生の時はどうでしたか?
橋本:関東学生選手権はベスト8になりました。そして、全日本学生選手権大会1週間前に、稽古で腰骨にヒビがはいってしまい稽古できないまま、出場しました。当然1回戦負けです(笑)。
__欠場しなかっただけ立派だと思います!
橋本:意地でしたね(笑)。東西対抗も出場させていただき、そこでは5人抜きしました。5人抜きってあんまりやった人がいないんですよ。個人戦は1回戦負けでしたが、東西対抗でうっぷんが晴れました。
__それは良かったですね!! そして大学を卒業することになります。警察に行きたいとは思いませんでしたか?
橋本:行きたかったんですけどね・・・ いろいろあったんです(笑)。やはり地元で活動したいという思いから、伊田テクノスに入社しました。

毎晩飲んだり、遊んだりしていました(笑)

__実業団の強豪ですよね。剣道ばかりで、遊んだりはしなかったですか?
橋本:毎晩飲んだり、遊んだりしていましたよ。稽古も最低限してましたが、飲む方が優先でしたね(笑)で、当時の彼女は××の・・・(残念ながら割愛)
__橋本さん!!これまた載せられませんよ!!(笑)。
橋本:すいません(笑)。
__橋本選手は、中・高・大と名門校出身という訳ではないですよね。大学までは戦歴も残せてません。今の活躍がウソのようですね。
橋本:よく言われます(笑)。だから「戦歴」だけじゃないんですよ、自分の場合は。親父と自宅の道場で稽古できる環境や、良い指導者・先輩との出会い、出稽古やいろいろな合宿に参加したこと、たぶんそう言った事では他の選手より恵まれていたし、良い経験をしていると思います。当然試合で悔しい思いもたくさんしていますし。
__剣道のスタイルとしてはどうですか?強くなっている実感はありますか??
橋本:最近やっと自分の課題としている左手の使い方がわかってきて、納得できる剣道になってきました。まだまだ強くなってる実感もあります!最近調子いいんですよ、あっちもこっちも(笑)。

代表戦?好きじゃないですよ!!(笑)

目を開けて「トンッ」となったら勝率100%!?
目を開けて「トンッ」となったら勝率100%!?

__なんですか、あっちもこっちもって!スルーします。きっと掲載できないので(笑)。え〜、先日の関東実業団剣道大会は、何回も代表戦を勝ち抜いて優勝しました。雑誌でも書かれてましたね(笑)。代表戦が好きなんですか?(笑)
橋本:好きじゃないですよ!!!(笑)。だけど、いつでも代表戦をやりますよ。なんて言うんでしょうか・・・「エースの自覚」ですかね?(笑)。ここ3年で20回くらい代表戦をやってますから。負けたのは1回です、はい(ちょっと誇らしげに)。
__すごい勝率ですね!!なにか秘訣はあるのですか?
橋本:代表戦まできたら「気持ち」が重要です。あと、これは代表戦だけにかぎったことではなくて毎試合、面を付ける前に手を合わせて集中するんです。それをやると緊張感がなくなり、安心・集中できるんです。さらに大会が中盤になるにつれて集中力が高くなっている時は、手を合わせて目を開けた時に頭上で「トンッ」って音が聞こえる時があるんです(笑)。その音が聞こえた時は良い試合ができ、いままで全部の試合で勝ってますね(笑)。
__勝利の女神に頭でも叩かれるんですかね??(笑)
橋本:そして試合コートへは右足から入り、大きく息を吸い蹲踞するまでにゆっくり息を吐きます。「験担ぎ」みたいのはありますね。ただ緊張感は絶対に必要です。「緊張感がない」=「気が抜けている」と、だいたい負けますね(笑)。
__そうですか〜。細かい勝負へのこだわりがあるんですね。そしてここ数年、フィジカルトレーニングも行なっているようですね?
橋本:はい。自分は背が小さいので、どうしも当たり負けや身体がぶれてしまう事があり、それって体力をすごく消耗するんですね。いなされたりすると「嫌だな」って思うじゃないですか。トレーニングをやりだし、体幹が鍛えられてる実感もあり、当たり負けしなくなっただけでなく、剣道でも「中心」が強くなったと思います。
__どんなスポーツでも最近はフィジカルトレーニングの重要性が見直されてますよね。さて、今年は9月の全日本選手権埼玉県予選の出場と10月に千葉で開催される国体の埼玉代表になっています。
橋本:まず国体ですが、予選で埼玉県警の方々に勝ち、優勝できた事が非常に自信になりました。6月の関東実業団でも優勝する事ができましたし、調子がいいですね。そして9月の全日本予選までは、普段の稽古と埼玉国体の強化合宿などもあり、稽古回数も確保できてるので、あとは集中力を切らさずにやるだけですね。そして、国体予選と関東実業団で試合前の調整方法もわかってきました。

ビール1杯が勝利の秘訣!?

試合前日のビールで運気も寄せる
試合前日のビールで運気も寄せる

__調整方法とは?
橋本:大会2週間前からアルコールを止め食事制限もして、かなりキツい稽古をして心身ともに追い込みます。そして、1週間前からは稽古を軽めにします。国体予選の時は体調を崩して、軽めどころかほとんど稽古ができなかったんですよ。大会当日に疲れがなくて、調子が良かったです。体調崩したのが良かったのかな?(笑) そして、ここが最大のポイントです!大会前日に350mlのビールを飲むんです(笑)。今までは、2週間前からアルコールは一切控え、食事にも細心の注意を払っていましたから、まさか試合前日にアルコールなんて考えてもいませんでした・・・
__へ〜。ただ基本的に試合前に体調は崩しちゃダメですよね(笑)。
橋本:その国体予選と実業団とも前日に1杯飲んで、優勝できてるんです(笑)。今までは、大会前日までに体はリラックスできたのですが、精神的には追い込まれていたのかな?と。この1杯で、心のリラックスも可能になりました。今後も続けます(笑)。
__それは続けるべきですね!!今年の全日本予選の抱負は?
橋本:「今年こそ!!」と思ってます。毎年言ってるんですけどね(笑)。本当に今年こそは!!今までは「出場」が目標でしたが、目標を上げて「出場してベスト8以上に入る」ことです。本当は『優勝』って言いたいんですけど、恐らくバカにされると思うので、控えめにしてます(笑)。そもそも出場してないんですけどね(笑)。だけど、それくらい調子がイイですよ。
__全然控えてないじゃないですか!「ビックマウス」が出ましたね(笑)。ただ学生の時も実現してますから、有言実行型だと思います!!
橋本:全日本選手権の準々決勝でテレビ放映されて、ジャンクスポーツに出演して、浜ちゃんを笑わせて、ちゃっかり音楽デビューし武道館でライブをする!!そして全国ツアーを行ない、ファイナルの東京ドームは超満員!!って予定だったんですけど(笑)。なかなか選手権に出場できなくて、ジャンクも終わっちゃいましたね(笑)。あっ最近、ヴァイオリンを買ったんですよ。安いヤツなんで音が良くないですけど。
__夢がデカイっすね!! ヴァイオリンって・・・ ドカベンの殿馬みたいに、リズミカルな剣道になっちゃいそうですね(笑)。そして最後に、10月に行なわれる千葉国体に関してはどうですか?
橋本:国体はやはり、チームワークが非常に重要だと思います。合宿を重ねる事により剣道の強化もできますが、チームワークの面でもよくなると思います。本戦では、優勝目指します!あと、9月(20日)に全日本実業団剣道大会があり、いままでの最高成績が準優勝なのです。伊田テクノス創業100周年の今年に、関東実業団は取ったので、どうしても全日本実業団で優勝したいですね!!
__また代表戦になってしまうかもしれませんね(笑)。 各大会とも期待しております!!本日はどうもありがとうございました!!


橋本桂一

橋本桂一(はしもとけいいち)
昭和55年10月7日生まれ 埼玉県出身
剣道五段
剣誠館橋本道場にて剣道を始める。
私立京北中学校・高等学校
帝京大学 出身
現在:伊田テクノス勤務
【戦績】
国民体育大会剣道競技 優勝1回 出場2回
全日本都道府県対抗剣道優勝大会 出場4回
関東実業団剣道大会 優勝2回 三位1回 最優秀選手賞1回
全日本実業団剣道大会 敢闘賞2回
全日本都道府県道場対抗優勝大会 準優勝1回 三位2回 敢闘賞1回
全日本学生剣道選手権大会 第三位
全日本学生東西対抗試合 出場2回 優秀選手賞1回
関東学生剣道選手権大会 敢闘賞2回

※橋本選手のブログは下記よりご覧頂けます!!
橋本桂一 オフィシャルブログ 『一所懸命一生懸命一生剣道』

※2010/7/10公開記事

インタビュー – 第1回 実業団の猛者 梅山義隆(NTT東日本) 後編 大学生〜現在

数々のタイトルを獲得し、選手としての集大成の時期にさしかかっている、梅山義隆選手(34歳)。
剣道を始めて30年、その足跡を駆け足でお伝えしようと思います。
今回のロングインタビューは、前編を剣道を始めたキッカケから高校生まで、後編を大学〜現在と2回に分けてお伝えします。

挫折、衝撃の舞台とは・・・

梅山義隆

ー専修大学へ進学し、剣道を続けることになります。稽古は、どうでしたか?
梅山義隆選手(以下:梅山):普段の稽古は、1時間半くらいです。高校の時に比べたら、楽でしたね(笑)。ただ合宿は、すごくキツかったです。高校以上でした。

ー普段の稽古で、物足りなさや方針に、疑問を持ったりしませんでしたか?
梅山:それはなかったですね。専修大学の山田監督は、自由にというか、個性を生かすというような方針だったので、私に合ってました。監督から、「左手・左足」を特に意識する事を教えられ、強くなれたと思います。福大大濠の黒木先生も、長所を延ばすような感じだったと思います。

悔しい2位

ー大学では、関東学生団体優勝などで活躍されました。今日は大学3年生時の、関東学生個人2位について、お伺いしたいと思います。「2位」というのは、単純にスゴい事だと思います。ただ、選手によって、「2位」の受け止め方はさまざまです。先日のバンクーバーオリンピックで、銀メダルを獲得したフィギュアの浅田選手は「悔しい銀(2位)」、スピードスケートの長島選手は「嬉しい銀(2位)」でした。この例えで言うと、梅山選手の2位は、どちらですか?
梅山:「悔しい2位」でした。準々決勝あたりから、あの「ひらめきの面」が出始めたので、「優勝できる!」と思いました。そして決勝戦の相手は、1学年上の川原選手(当時:明治大学)。延長を繰り返し、最後は一瞬の隙をつかれて負けてしまいました。

ー敗因は、なんだったのでしょうか?
梅山:調子が良かったので、自分から攻めすぎてしまったしまったのだと思います。例えばですが、必殺技は「ここぞ!」と言う時に出してこそ、必殺技と言えるのでしょう。この敗戦で「試合の組み立て方」という課題ができたので、負けて良かったとは言えないですけど、得るものは大きかったです。

梅山義隆
手首の柔らかさを活かした胴も得意としている。

ー「組み立て」「得たもの」とは、具体的にどのよなことですか?
梅山:自分のスタイルである「攻める」だけでは勝てない、という事を学びました。「打つ機会」を待つというか、作るというのでしょうかね。
ーなるほど。ちょっと話がそれてしまうのですが、試合で「負けてしまうかも?」と、思う事はありますか?
梅山:ん〜、ないですね。負ける事を恐れず「やってやるぞ!」って思います。予想外の力が出せたりしますね。
ーそうなんですか。そして大学を卒業し、現在のNTT東日本へ入社します。警察官になろうと思ったことはないですか?
梅山:ないですね。教員になりたかったです。ただ、専修大学では「社会科」の教員免許しか取れなかったんです。できれば体育の免許が欲しかったです(笑)。今は、母校・専修大学剣道部のコーチとして、私の経験してきたことを、少しでも学生達に伝えたいと思ってます。
ーNTT東日本は、実業団の中で強豪ですが、あくまで会社員です。警察や教員に比べたら、稽古が少ないと思います。1回の稽古に対するモチベーションや、考え方などは変わりましかた?
梅山:稽古が1時間であっても、それ以上の稽古ができるようにしたいと思ってます。現状ですと、週に1〜2回できればいい方です。仕事によっては2〜3週間、稽古ができないとストレスになります(笑)。
ー具体的に「時間以上の稽古」とは、どういうことですか?
梅山:稽古が終わったら、稽古日記みたいなものをつけてます。例えば3分の地稽古行ない、後でその3分を思い出して、反省点などを手帳に書いています。気持ちの問題でもあるのですが、頭で考え、イメージする事によって2倍、3倍の稽古をしています(笑)あとは、稽古のための心の準備をします。稽古前、または稽古する数日前から。
ーなんかデートの前に、あの映画見て、あそこでご飯食べて・・・なんて考えますよね?そんな感じですか?(笑)
梅山:そうそう、その感覚に近いもしれないですね(笑)。あと、稽古の為に仕事や用事は、済ませるようにしてます。別に、仕事で手を抜いたりサボったりする訳ではないですよ(笑)。それくらい1回の稽古を大切にしてます。

出場してはいけない大会に出場してしまった・・・

出場してはいけない試合に出てしまった
栄光と挫折を味わった日本武道館

ーでは、全日本選手権に出場したときの事をお伺いします。2006年、東京予選で3位になり、出場権を得ました。準決勝の相手は?
梅山:警視庁の内村選手です。以前に対戦していたので、イメージはあったのですが・・・ 結果的に2本負けでした。準々決勝までは「ひらめきの面」が、出てたんですよ!ただすでに選手権出場が決定した後だったので、足の痛みを感じてしまい(笑)準決勝はでなかったですね(笑)。
ー内村選手の印象はどうですか?
梅山:強いです。どこから何がくるか、わからないですからね。その予選の前年に、内村選手と練習試合で対戦していて、引き胴で勝ったんですよ(笑)。練習試合なので、内村選手は100%の力ではないかもしれませんけど。その勝ちは、剣道をやる上での自信にもなっています。
ーそれは自信になると思います! 全日本選手権は、どうでしたか?
梅山:まず、1回目の出場が23歳の時で、まわりは年上の人ばかりでした。控え室でも居場所がないような感じでしたし、なにより完全に浮き足立ってましたね。試合も、何がなんだかわからない間に、終わってしまいました。そして2回目、今度は年下ばかりでしたね(笑)。その時は、全日本選手権の雰囲気を味わうことができました。試合は負けてしまいましたが、自分の剣道をすることができました。満足はしてないですけどね(笑)。
ー2回目の出場では、1回戦で福岡代表・松岡選手と対戦しました。
梅山:松岡選手とは、高校時代によくやっていました。印象的なのは2年生の冬、第2回全国選抜・福岡予選決勝の相手です。高校の時に勝てなかった相手が、まさか全日本選手権で対戦し・・・やっぱり勝てなかった(笑)。
ー苦手な相手、タイプって言うのがあるのでしょうね。「全日本選手権出場」、自信がついたのではないでしょうか??
梅山:いや・・・ 出場してはいけない大会に出場してしまった・・・。パンドラの箱を開けてしまったような感じ、と言うのでしょうかね。1回目の出場後は、自分を見失ってしまいました。
ー燃え尽きてしまったのでしょうか?
梅山:プレッシャーですかね。大学を卒業し、まだ勢いのある中で、予選を勝ち上がることができたんです。ところが、あの大会に出場することで、勝手に周囲の期待を感じてしまい、いい試合をしなければならないと思い込んでしまった。「またあの舞台に上がるには・・・」なんて考えても、答えがわからなかったですね。初めて剣道で辛いと感じました。
ーそれでも稽古は続けていたんですよね?
梅山:続けてはいましたが、自分の剣道がまったくできなかったです。初出場後2〜3年は、全然ダメでしたね。試合でも、当然勝てなかったです。
ー復活のキッカケは??
梅山:ん〜 続けているうちに・・・というのでしょうか。気持ちのリセットの仕方を覚えました。過去の栄光は栄光として、胸にしまうことができるようになった、というのかな。うまく忘れるというか・・・。だからと言って、またすぐに全日本に出場できたわけではなく、8年かかって2回目の出場ができたんです(笑)。
ー全日本選手権は、「剣道の強さ」だけではなく、「心の強さ」も必要なんですね・・・。

引退、考えますね。 ただ・・・

今年の都道府県大会、東に京代表・五将として出場する
今年の都道府県大会、東に京代表・五将として出場する

ー今後の目標は??
梅山:やはり最終的な目標は、全日本選手権に3回目の出場をすることです。2度ある事は3度ある・・・なんて(笑)。
ーいやいや、期待してますよ!あと、4月の全国都道府県対抗剣道優勝大会・東京都代表(五将)として出場します。
梅山:いままで、予選で勝てなかったので・・・ 初代表です(笑)。今回の予選には、妻と子供が来ていたので、いままで以上に「がんばらないとな」って思ったんです。勝ててホントに良かった(笑)。本戦は団体戦なので、迷惑を掛けないようにやるだけです!!
ー期待しております!!梅山選手は、現在34歳です。そろそろ、「引退」を考えたりしますか?
梅山:ん〜 NTT東日本のキャプテンもおりましたし、引退、考えますね。 ただ、すぐに辞めようとは思ってないです。今まで以上に、1年1年をしっかり集中して、やっていきたいと思ってます。40歳までは、現役でやってないと思います(笑)。あくまで「現役引退」なだけで、剣道を辞めるって訳ではないですからね。昇段審査も、ずっとありますし。
ーわかりました。最後に、お子さんがお生まれになりました。ズバリ、剣道をやらせたいと思いますか?
まだ小さいですからね(笑)。ん〜、やっぱり一度はやらせたいと思いますよ。その後は本人次第で(笑)。
ー奥様も剣道をやられていますよね?いつかは親子で三人団体戦なんてできたらおもしろいですね(笑)。
娘が18歳になったら、私は50歳をすぎてるのか〜 まだまだがんばらないとダメですね(笑)。
ー今後も、ご活躍を応援しております!今日は本当にどうもありがとうございました!!


インタビュー中は終始笑顔で、「ホントに強いのかな??」なんて思ってしまうほどでした。
梅山選手は、「面を付けたら強気になれる」と言ってました。確かに先日の都道府県大会東京予選でも、勝負強さをいかんなく発揮してておりましたので、間違いないです!!4月の本大会では、「ひらめきの面」をだしていただきたいと思います!!


梅山義隆選手

梅山義隆(うめやまよしたか)
昭和50年12月3日生まれ 大分県出身
身長168cm 体重70kg
剣道六段
大分・三芳少年剣士会にて剣道を始める。
日田市立東部中学校
福大大濠高校 九州大会個人、玉竜旗、インターハイ 各優勝
専修大学 関東学生(団体)優勝、関東学生(個人)2位
NTT東日本 全日本実業団、関東実業団 各優勝3回
※全日本選手権 2回出場
※専修大学剣道部コーチ

関連情報リンク

インタビュー – 第1回 実業団の猛者 梅山義隆(NTT東日本) 前編 幼稚園〜高校生

数々のタイトルを獲得し、選手としての集大成の時期にさしかかっている、梅山義隆選手(34歳)。
剣道を始めて30年、その足跡を駆け足でお伝えしようと思います。
今回のロングインタビューは、前編を剣道を始めたキッカケから高校生まで、後編を大学〜現在と2回に分けてお伝えします。

テレビに出るために強豪校へ!?

梅山義隆選手

 ーーインタビュー企画第1弾です。よろしくお願いいたします!
梅山義隆選手(以下:梅山):こちらこそ。

ーー最初に、「LET’S KENDO」というマイナーサイトはご存知でしたか?
梅山:知ってましたよ。他の部員たちも見てますよ。

ーーうれしいです!!早速ですが始めさせいただきます。
梅山:お願いします(笑)。

ーー剣道を始めたキッカケはなんだったのですか?
梅山:私が幼稚園の頃、1才年上の兄貴と小学校の体育館で遊んでいる時に、三芳少年剣士会が稽古をしていて「やりたいな」って思ったんです。軽い気持ちでした(笑)。指導では、小宇佐先生や本川先生が勝負だけではなく、剣道の本質や楽しさを教えてくれたことが、剣道にのめり込むキッカケとなりました。私の剣道に対する「原点」となることをたくさん教わりました。

ーー小学生の頃の成績はどうでしたか?
梅山:自分の納得できる結果は、まったく得られなかったですね。「日本一」を目標としていましたが、道場連盟の全国大会大分予選は勝ち抜くものの、優勝には至りませんでした。毎日稽古していたんですけどね(笑)。

ーー中学校でも剣道は続けられましたよね?
日田市立東部中学校に入学し、剣道部に入部しました。

ーー練習環境は、どうでしたか?
梅山:中学校の部活で約2時間、その後、三芳剣士会に行ってまた稽古してました。稽古が増えましたね(笑)。休みは基本的に日曜日でしたが、中学生の時も結局試合などで休むことはほとんどなかったですね(笑)。

ーー小学生の頃から毎日剣道をやり、さらに中学生になってからは二部練習ですか(笑)。中学生の頃の成績はどうでしたか?
梅山:全国中学校大会も九州大会も、出場していないです。県大会であと一歩のところまでは、いってたのですが・・・ 個人戦もダメでしたね。道場連盟の大会でも、勝てなかったです。だから、小・中ではホントに結果が残せなかったんですよ(笑)。

私のほうからお願いをして、入学させてもらったんです(笑)

ーー高校は名門・福大大濠に進学しました。どのような経緯だったのですか?
梅山:中学生の時に、玉竜旗のテレビ放映を見ていたんです。「テレビに出て、さらに日本一になれるのは、福大大濠ではないか?」と勝手に思ったんです(笑)。

ーー剣道推薦で入学されたんですよね?
梅山:ん〜 推薦入学ですが、私のほうからお願いをして、入学させてもらったんです(笑)。

ーーそうだったんですか(笑)。今までの経歴を見させていただいたら、スカウトされて入学したのかと思ってました。入学後は、寮生活となりました。先輩方と同じ屋根の下、いろいろと大変だったのではないでしょうか?
梅山:福大大濠には、体育寮と勉強寮があったんです。私は剣道推薦でしたが、なぜか勉強寮だったんです(笑)。だから先輩達とは、一緒ではなかったんです。運が良かったのか、悪かったのか(笑)。

ーー良かったと思います(笑)。自主練習はしていましたか?
梅山:夜8時に部活が終わり寮で夕食を済ませた後、勉強寮生は強制で約2時間の「勉強会」が毎日あったんです。まぁ参加していただけですけど・・・(笑)。その後に、寮の近くにあった非常に急な坂を、何本もダッシュしてましたね。他の寮生からは、あきれた感じで「よくやるね〜」とか「がんばってるね」なんて、言われてましたよ(笑)。私はそんな感覚、一切なかったですけどね。

ーー陰の努力があったのですね。剣道日本3月号のインタビューで「コンクリート入りのタイヤを引いていた」というのを読んだのですが。
梅山:あ〜 それは、剣道部の朝練でやっていました(笑)。決して楽ではないですけど、「坂道ダッシュ」のおかげで、死ぬほど辛かった訳でもないですね。

「ひらめきの面」、相手の動きがスローモーションみたいに遅く見えましたよ

ーー同期は何人いたのですか?
梅山:最初は10人、最終的には7人になっちゃいました。同期は、本当に強かったですね。ただ私は、大分から福岡に出て来たので「負けられない」「結果を出す」ということを常に思ってました。あと、大会や練習試合の度に親が大分から見に来てくれていたので、喜ばせるためにも「強くなってやる」と心に決めていました。

ーー強い決意があったんですね。1年生の時は、雑用など大変だったんじゃないですか?
梅山:私は「部室掃除係」でしたね(笑)。キレイに掃除していたつもりだったのですが、先輩の機嫌が悪かったのか、気に入らなかったみたいで、めちゃくちゃに怒られたことはありましたね。あれにはまいったな〜。確かに私自身、いまだにちょっと片付けは苦手なのはあるんですけど(笑)。

ーー気まぐれな先輩っていますよね(笑)。実家に帰る事はあったんですか?あと、ホームシックになったり。
梅山:夏と正月に、一泊二日くらいでしょうか。ホームシックになりましたね(笑)。ただ、自分が決めたことだし、親にも無理を言って入学させてもらったので、引くに引けないところはありました。

梅山義隆選手

ーーでは、自分が「強くなったな」と感じた瞬間、またはキッカケとなったことはありましたか?
梅山:1年生の12月、千葉・習志野高校での練習試合の時に「あっ、これは!」という、面打ちが偶然出来たんですよ。「ひらめきの面」っていうんですかね?「打てば当たる間合い」というのを見つけたんです。当時、自分が考えていた間合いより「一歩遠間」だったんです。その練習試合では、面だけではなく、小手でも何でも当たってましたね。相手の動きが、スローモーションみたいに遅く見えましたよ(笑)。ちょうど福大大濠剣道部監督・黒木先生も見ていくれていて、普段はまず褒めてくれない先生が、褒めてくれたんです。

ーー強い人の話しを聞くと、「ひらめき」的なものがあると聞いた事があったのですが、梅山さんもあったんですね。
梅山:その「ひらめきの面」は、1日に数えくきれないくらい練習試合をして、肉体的にも精神的にも限界だったからこそ、出来た事なのではないかと思いますね。ちょっと感覚的なものなで、伝えづらいのですが(笑)。

ーーその後は、稽古での基本打ちでも「一歩遠間」を意識してたんですか?
梅山:実は、「一歩遠間」だと気づいたのは、大学に入学してからなんです(笑)。高校生の時は、その「ひらめきの面の感覚」を忘れないようにと意識してました。

ーーやはり、「孤独の坂道ダッシュ」や「コンクリートタイヤ引き」のお陰ですかね(笑)。
梅山:(無視して)これも後から気づいたのですが、その「一歩遠間」は、相手が「来ないだろう」または、構え直して次の打ちに準備する一瞬の「隙」の間合いなんだと思いました。ただ、その練習試合の時とまったく同じ感覚で「ひらめきの面」は、打てない事が多かったですけどね(笑)。

ーーそもそも小・中学校から、面は得意だったのですか?
梅山:得意ではあったのですが、絶対的な技ではなかったです。自信を持ち始めたのは高校に入って「払い面」を覚え、「ひらめきの面」からですかね。そして、得意技を身につけたことで、技や試合の組み立てに幅が持てるようになったと思います。

ーーいつからレギュラーになれたのですか?
梅山:最初のメンバー入りは1年生の終わりころ、第1回全国高校選抜の時に補欠になりました。その時、2回戦から先鋒で出させていただき、2位になりました。2年の夏までは基本的に補欠だったので、テレビ放映のある玉竜旗では、プラカードを持ってました。初めてテレビに映れたのは、そんな姿でした(笑)。それを見た地元の友達に、まったく悪気はないと思いますが「プラカード持ってたね」なんて言われて、勝手にスゴく悔しい思いをしたのを覚えてます。だから、「来年は絶対に出場する!!」って思いましたよ(笑)。

ーーやっぱりテレビで試合をする事が最大のモチベーションだったんですね(笑)。

「先鋒とは、必ず勝ってこなければいけない!」

ーー自分の剣道に、自信を持てるようになったのはいつですか?
梅山:2年生の冬に、九州大会個人戦で優勝した時です。

ーーでは調子の良いまま、第2回全国選抜・福岡予選に臨んだんですか?
梅山:それがですね〜、予選は先鋒として出場したにもかかわらず、1回も勝てなくて、決勝で福工大に負けました。自信過剰だったのかな(笑)。黒木先生に「先鋒とは、必ず勝ってこなければいけない!」と、こっぴどく叱られました。言われてからは、それまで以上に「勝ち」にこだわるようになりましたね。あの時は、本当に悔しかったですよ。車の中で泣きましたね。なんか、懐かしいな〜(笑)。

ーー黒木先生は怒る時、どんな感じですか?闘魂注入されるんですか??
梅山:全然手はださないんですよ。ただ・・・ 同じ九州ですが、福岡弁で怒られるのは怖かったですね〜。「そんな口調で怒るなら、殴ってくれたほうがいいよ」って何度も思いました(笑)。

ーー3年生になり、インターハイ予選を制した後、玉竜旗で優勝しました。念願のテレビ放映されたんじゃないんですか??
梅山:そうなんですよ!調子が良くて、トータルで25人抜きとかしたんですけど、注目される決勝だけは、引き分けでした・・・・(残念そうに)。

ーー準決勝も放映されたんじゃないですか??
梅山:いや〜、それが準決勝は、中堅から放送されたんですよ。まぁ決勝だけでも、映れたんでよかったです(笑)。

ーー話が進んでしまいますが、玉竜旗後の栃木インターハイでも優勝しています。決勝だけは、NHKで放送されたんですよね?
梅山:それが・・・ なかったんです・・・(これまた残念そうに)。バスケットボールの放映をしていたようです(笑)。

ーーあぁ〜残念でしたね〜(笑)。話が前後してしまいましたが、インターハイで優勝しました。やはり玉竜旗の勢いがあったのでしょうか?
梅山:ありましたね。

ーー優勝した感想は?
梅山:決勝で、あの「ひらめきの面」と全く同じ感覚で打てたんです!本当に、「三年間やってきてよかったな」って思えましたね。黒木先生も、褒めてくれましたし。あとは、「ホッとした」というのが本音ですね。

ーー「ホッとした」と言うのはどういうことですか?
梅山:さっきも言いましたが、「先鋒の役目=勝つ事」を達成できたということですね。当時、試合に関するデータを取っていたのです。先鋒(=梅山)が勝つと、チームの勝率が8〜9割というデータがあったのです。

ーーということは、そのインターハイでは梅山さん自身、負けなしですか?
梅山:予選リーグで1回負けました(笑)。チームとしては、なんとか引分けでした。そして、予選リーグは1勝1分けが2チーム、本数差で決勝トーナメントへ行きました。「やっぱりオレは負けちゃいけないな」とあらためて思い、決勝トーナメントからは、気合いを入れ直して、全勝しましたよ(笑)。
ーーテレビはなかったのは残念したが、優勝できて良かったですね!!


「テレビに映る」ことを目標とした結果、玉竜旗、インターハイ優勝、九州大会個人優勝などのタイトルを獲得した梅山少年。
後半では、大学入学から現在に至るまでを語っていただきます。


梅山義隆選手

梅山義隆(うめやまよしたか)
昭和50年12月3日生まれ 大分県出身
身長168cm 体重70kg
剣道六段
大分・三芳少年剣士会にて剣道を始める。
日田市立東部中学校
福大大濠高校 九州大会個人、玉竜旗、インターハイ 各優勝
専修大学 関東学生(団体)優勝、関東学生(個人)2位
NTT東日本 全日本実業団、関東実業団 各優勝3回
※全日本選手権 2回出場
※専修大学剣道部コーチ

※2010/3/17公開記事


関連情報リンク

インタビュー – 阿蘇高校出身!芸人・タマ子

肥満予防健康管理士・芸人 阿蘇高校 剣道部 大将 タマ子(坂口 瑞子)

芸能人がテレビ番組で剣道をやる姿を度々見る
しかし、それは最強ではない!!
なぜなら目の前に「芸能界最強」がいるんです!?
名門中の名門・阿蘇高校女子剣道部
自称
「捨て」大将
「怒られざんまい」
剣道時代を振り返ってもらいます!!


剣道より楽しかったのはドッジボール!?

__よろしくお願いします!今日は、いろいろ聞かせていただきます!
タマ子:よろしくお願いします。私、覚えていないことが多いと思います・・・。結構いい加減な性格なんですよね。大丈夫かな?(笑)

__大丈夫です!だいたいで話して下さい(笑)。さて、事前にプロフィールをいただき、戦歴などを調べようと思ったのですが、阿蘇高校出 身という事もあり、たくさんの優勝、しかも連覇してたりするので、タマ子さんがどの大会で優勝していたのかわかりませんでした(笑)。全国高校剣道選抜大 会で準優勝とお聞きしたので、第1回大会かな?と・・・(選抜大会パンフレット見ながら)優勝してたら、歴代優勝校として写真付きで紹介されていたんですよ。
タマ子:確かに選抜は第 1回大会ですね!写真が残らなくて良かった(笑)。(パンフレット観ながら)懐かしいな~。あっ、この選手と、当時文通してましね~。携帯もポケベルも 持ってなかったですから。他校の選手と仲良くなって、手紙で近況報告したり、励まし合ったり・・・ 当時の一番の楽しみでしたね。

__おお~、その方は、いまだにトップ選手です!!
タマ子:当時もすごく強かったけど、いまだに強いんだ(笑)。

__タマ子さんは、現役の時も体が大きかったのですか?
タマ子:小さい時から背が大きかったですね。今の横幅を比べたら、高校の時は半分くらいですね(笑)。さすがにこの体だと、動けないですね。稽古もたくさんしてたので、デカくて、ゴツいって感じでした(笑)。

__背も高いですし、男子とやっても当たり負けしなそうですね(笑)。さて、剣道を始めたのはいつですか?
タマ子:小学校2年生の時です。熊本市の一新小学校というところで始めました。熊本は「結構」剣道が盛んだったので、友達がみんなやっていたんです。あと、父も兄もやっていたので、その影響もありますね。

__熊本は「結構」ではなく、「かなり」盛んですよね(笑)。小学校1年生ではなく、2年生から?
タマ子:そうなんですよ。1年生からやりたかったのですが、母に反対されまして。1年間毎日、「やりたい!やりたい!」ってお願いして、やっと許可をもらったんです。

__よかったですね~。稽古はどのくらいやっていたのですか?
タマ子:週に3回くらいですね。稽古よりも、休憩時間とかにみんなでドッヂボールをするのが楽しくて(笑)。稽古の時間に遅れも、ドッヂボールだけはやりに行ってましたね(笑)。

__そうなんですか!!小学生の時から、きっっっつい稽古をしていたのかと思ってました。チームは強かったのですか?
タマ子:まぁまぁですかね。和気あいあいと、楽しくやっていた感じです。熊本市の大会でも、優勝はしてなかったですね。

剣道よりテニス!?

中学校は、熊本県の西山(せいざん)中学校、剣道部__中学校は、西山(せいざん)中学校、剣道部は強豪ですよね?
タマ子:そうですね。西山中は、城西(じょうせい)小学校と一新小学校が一緒になるんです。城西小の選手が強かったおかげですね(笑)。

__始めから剣道部へ入る事を決めていたのですか?
タマ子:初めはテニス部に入ろうと思ってたんです。

__テニス部!?
タマ子:剣道より女の子らしいじゃないですか~(笑)。西山中剣道部が強いのは知ってましたし、「一生懸命やりたくないな」って。

__なぜ剣道部へ?
タマ子:入れ違いで卒業した兄が、剣道部だったんです。妹(タマ子)も剣道やっていることは、顧問の先生も知っていて「1回見学に来なよ」と言われて・・・

__魔のささやきが・・・(笑)
タマ子:そうなんです!見学のはずが、そのまま先輩達の前で自己紹介させられ・・・ 次の日には、防具を付けて稽古をしてましたね。テニス部への憧れは・・・ わずが数日で、いとも簡単に打ち砕かれました(笑)。

__早かったですね~。どんな気持ちで剣道部へ入ったのですか?
タマ子:入部したからには、しっかりやならいとなって、一応思ってました。

__どのくらい稽古していたのですか?
タマ子:だいたい週に6、7日ですね。

__毎日じゃないですか!(笑)
タマ子:そうです!毎日ですね!(笑)。平日は稽古、週末は練習試合、大会ですね。

__練習は厳しかったですか?
タマ子:そうですね。外部の剣道指導員が来てくれていて、おじいちゃん先生でしたね。普段はやさしいけど、稽古は厳しい先生でした。稽古や試合で殴られてたりはしなかったですけど・・・ 剣道以外のことで、1回殴られましたね(笑)。

__稽古で殴らないのに、プライベートで殴られる・・・相当悪い事したんですね(笑)。稽古は、基本的に体育館の隅から隅まで追い打ちですか?
タマ子:そうですね!

__試合はいつから出場していたのですか?
タマ子:女子の部員が少なくて、1年生から出場していました。

__それなら、タマ子さんが3年になった時には、経験は豊富ですね。戦績はどでしたか?
タマ子:2年生の時くらいから、熊本市大会では優勝していましたが、県大会では優勝できず、全中はでてないですね。

中学時代は戦績なし!?まさかの敗退・・・

__九州大会は出場しましたか?
タマ子:れが、出場してないんです。ノーマークな中学校に負けました。ハプニングですね!(笑)。九州大会出場は、みんな確信していて、大会後に「あそこに行こう~!」なんて、スケジュールも立てて、旅のしおりなんかも作って楽しみにしてたんですけどね~。

__タマ子さんも負けちゃいましたか?
タマ子:たしか・・・ 負けましたね。試合後は、目の前が真っ暗というか、何がなんだかわからなかったです。結局、おじいちゃん先生が、大会が行なわれるはずだった鹿児島へ、「残念旅行」に連れて行ってもらったんです(笑)。試合の事は忘れて、本当に楽しかったですね~。

__良かったですね・・・と言えばいいのか、何と言うか(笑)

週5回・・・ 歴代1位・・・!?

熊本の雄大な自然__そして、その悔しさをバネに阿蘇高校へ進学しましたね?
タマ子:な~んで、阿蘇に行っちゃったのかな~。だいたいみんな「行きたくない」って言いますよね(笑)。稽古は当然キツいし、寮生活だし、盆暮れも実家に帰れないって聞いてましたし・・・。みんなが行きたくなって言うから、行ってみたくなったんだろうな・・・。ちょっと人と違う事、違う道を行きたくなっちゃう性格が、災いしちゃいましたね(笑)。

__行ってみたくなっちゃったのは、しょうがないです!(笑)。どうでしたか??
タマ子:え~、週に5回は叩かれてましたね(笑)。

__え~~!!
タマ子:私が高校を卒業する時に「いままで一番叩いたのは、お前だ!」って言われました(笑)。たぶんその記録は、破られてないと思うんですけどね(笑)。

__背も高いし、丈夫そうに見えたんですかね??
タマ子:なんでだろうな~。叩ききやすかったのかな~(笑)。なにかあれば、真っ先に私でしたよ。

__同期の方は何名くらいいたのですか?
タマ子:女子が6名、男子が20数名いましたね。合計で30名くらいだと思います。

__そんなにいたんですか!稽古は、男女合同ですか?
タマ子:合同ですね。男女まったく差別なく、同じ稽古メニューをやってました。

__それは強くなりそますね。監督の他に、コーチはいましたか?
タマ子:コーチは、常時3~4人いましたね。

__コーチの方々も怖かったですか?
タマ子:大学卒業したばかりの方や、20代の勢いのあるコーチばかりでしたね(笑)。

__あら~(笑)。どのくらい稽古してましたか?
タマ子:当然、毎日!
__たまに休みはありましたか?
タマ子:大会で優勝し、さらに試合内容も良かったら、翌日の夕方稽古が休みになることが、たま~にありましたね。その時は、万歳三唱です(笑)。

__実家に帰ったりは?
タマ子:現役の時は、帰ってないですね。私は熊本出身なので、親が週末の稽古や試合を見に来たりはしてましたね。ただ、関東からも来ている子がいたので、その子たちは、ほとんど会ってなかったですよ。

__遠征は行ってましたか?
タマ子:遠くて東京でしたが、来ていただいていた方が多かったですね。春休みに、延べ100校くらいが来て、阿蘇にあるいくつかの体育館を貸し切って、何日間も練習試合をやってましたね。あとは、遠いところだと、山形の左沢高校がバスで2日掛けて来てましたね(笑)。当時の左沢ってみんな身長が大きかったんですよ。平均身長170cmくらいあったんじゃないかな?山形国体があって、かなり強化してたんですよね。女子のチームとは思えなかったですね(笑)。

__山形から来るだけでもすごいですね。そしてその春休みの錬成会は、街のイベントですね。
タマ子:町おこしですよね!

完全監視下・・・

__さてさて、通常の稽古について伺います。稽古は、朝練と夕練ですか?
タマ子:朝練は朝6時から7時までです。ない日もあったのですが、自主的にみんなで、筋トレしたりしてましたね。やらないと「あいつはやってない」って思われちゃうと、レギュラーにもなれないので。朝練後、みんなでランニングで学校に行くんです。

__稽古は、学校の体育館や道場でやってるのではないのですか?
タマ子:違うんですよ。剣道部寮と道場は、先生の自宅敷地内にあるんです。学校から4キロくらい離れた場所ですね。

__完全監視下にあるわけですね(笑)。寮ではどのような感じでしたか?何人部屋ですか?
タマ子:寮は、2~4人部屋です。1年生の時は、どの部屋に行ってもお世話係、雑用部隊ですね。

__タマ子さんの部屋「運」は?
タマ子:2人部屋は、3年生のキャプテンと1年生なんです。私はその部屋へ・・・

__期待されいたから、その部屋へ入ったのではないですか?どうでしたか?
タマ子:いや~、図太そうに見えたんじゃないですか?(笑)。キャプテンが入院してしまっていたので、副キャプテンと一緒の部屋だったのですが、とてもやさしい方でした(笑)。

__そのやさしいは、逆の意味ではなく??
タマ子:本当にやさしい方でしたよ(笑)。理不尽な要求もありませんでしたし。「楽」って訳ではないですけどね。

__決まり事、禁止事項はありましたか?
タマ子:「すいません」は禁止です。端から見たら、先輩が後輩をイジメてるって思われてしまうので(笑)。「失礼しました」って言わないといけないんです。

__自分の口癖は「すいません」なので、その寮に入ったら、速攻ぶっ飛ばされてますね。
タマ子:直したければ、入るべきですね(笑)。私は、あまり賢くないので、慣れないうちは結構大変でしたね。「すい・・・」って言った瞬間に、先輩からジロっと見られるんです。いや~ 思い出すと、怖いですね(笑)。

__女子寮・・・ 男子は入れない空間ですね。どんな感じなんですか?
タマ子:想像しているような、良いものではないですよ(笑)。道着は干してあるし、男子とたいして変わりませんよ(笑)。

__失礼しました(笑)。寮生活で辛かったことや、印象的なことはありましたか?
タマ子:消灯時間近くになると正座をして、同部屋の先輩が「寝るよ」っていう言葉を待たなきゃいけないんですね。先輩の合図がないと、布団が引けないんです。ある日、先輩が寮を抜け出して、遊びに行っちゃったんです。先輩が帰って来るまで、朝まで正座して待ってましたよ~(笑)。

__それは大変でしたね。朝練もあるのに。え~、阿蘇は田舎ですか・・・??
タマ子:すっっっごい田舎です!!当時は、コンビニがなく、夕方6時くらいに終わってしまうような、小さな商店があっただけですね。ちょっと歩くと、24時間営業の「ヒライの弁当」っていうのがありました。

__買いに行かされましたか?
タマ子:女子は、ほとんどなかったですね。男子は、弁当屋に行かされてたと思いますよ(笑)。

__タマ子さんが上級生になったときはどうでしたか?
タマ子:ん~、私は後輩に指図するより、自分の事で精一杯でしたよね。あと、あまり人にモノを教えられないんです。厳しい事は言わないし、稽古でもそこまでやってないですね。後輩たちはどう思ってるかわからないですけど(笑)。逆に、後輩と一緒に遊んでて、他の先輩に怒られちゃったりして・・・(笑)。私から誘って遊んでたのに、ごめんねって。

__ある意味、悪い先輩ですね(笑)

「逃げる勇気」なかったですね

逃げる勇気__稽古の話しに戻ります。学校の体育館で稽古をすることはなかったのですか?
タマ子:練習試合や大会前に、レギュラーのみのミニ合宿をやってましたね。

__通常、夕方の稽古は何時頃までやっていたのですか??
タマ子:だいたい19時~20時くらまでですね。

__先生の機嫌が悪くて、ついつい日付が変わってしまったことは??
タマ子:さすがにないです!!(笑)

__失礼しました。稽古では、女子も厳しいグサグサと、突きの稽古もあったのですか?
タマ子:ありましたね~(涼しい顔で)。男女関係なく、ノドはアザだらけでしたよ。アザがない日がなかったですね(笑)。しかし、あの稽古によって、試合などでビビらなくなりますよね。

__あ・・・ そうですか・・・。稽古では、どのような指導を受けていましたか?阿蘇の剣風とか。
タマ子:剣風というのは、感じなかったですね。選手の個性を延ばすような、指導をしてましたね。私だったら背が高いので、突きや面を徹底的にやらされましたし、瞬発力のある選手は、引き技とか、得意技を得とくするために、何百回とやらされてましたね。

__稽古が辛くて、辞めたいって思いませんでしたか?
タマ子:辞める、逃げ出すって言っても、阿蘇から熊本市じゃ簡単に帰れないし、部活を辞めたら学校も辞めなきゃいけないし・・・ 「逃げる勇気」がなかったですね。

__逃げずに続けた結果、レギュラーになれましたね?いつからですか?
タマ子:2年生からですね。私たちの代になった時からです。

__ポジションは?
タマ子:「捨て」大将でした。

__なにをおっしゃいますやら(笑)。
タマ子:ホントなんですよ~。私以外、みんな立派で(笑)。大将の前に勝負を決めてくれるんです。団体戦って、私が勝たなくても、まわりが勝ってくれれば勝てるので、いいですよね~(笑)。

__とは言え、大将戦になることもありますよね?プレッシャーは?
タマ子:あまりプレッシャーとか感じないんですよ。「勝負が回ってきちゃったな!」なんて、わくわくしちゃうっていうか(笑)。大将戦になったら、会場中に注目されるじゃないですか。テンション上がっちゃいますよね。ただ、負けたら・・・ かなりヤバいですど(笑)。図太さを買われて、レギュラーに入れたのかもな~(笑)。

__「阿蘇高校」の看板を背負うのはどうでしたか?
タマ子:その部分では、ものすごいプレッシャーはありました。「勝って当たり前」って思われてるし、大会で優勝しても、内容がよくないと叩かれましたから。まわりの学校は唖然としちゃいますよね(笑)。ただ、プレッシャーはあっても、試合に影響はしないです。

__影響なし・・・ 図太いんでしょうね(笑)。

骨折しても稽古をしてました。

__数々の大会で優勝しています。タマ子さんは活躍してましたか?
タマ子:どうかな〜、若潮、九州選抜、全国選抜くらいまではコンスタントに出場していたのですが、3年生になってからは、ホントにケガだらけで、ワンポイントで使われていた感じですね。

__ワンポイントで出場して、おいしいところを持って行ったりは?
タマ子:逆に、負けちゃって、チームに迷惑を掛けてばかりでした(笑)。

__そして殴られ・・・ 大変でしたね。ケガはどこを?
タマ子:腰のヘルニア、アキレス腱、靭帯もダメになってましたね。足の指を骨折してしまったり・・・

__動くのも大変そうですね。治療は?
タマ子:アキレス腱も靭帯も伸びてしまっているので、医者にみせても「安静」としか言われないですよね。あと、痛いだの、ケガをしているだの言ってしまうと、すぐにレギュラーから外されてしまうので、我慢もしてましたね。私の代わりなんて、たくさんいたので。

__ええー!?まさか、足の指を骨折しても稽古をしたんですか?
タマ子:はい(笑)。稽古してましたね。

__は・・・。
タマ子:主力選手なら少々休んでも平気なのですが、私なんかは休むことが怖かったですね。

__そうでしたか・・・。話は変わりまして、試合中に諦めてしまったり、ちょっと心が折れそうになってしまったことはありますか?
タマ子:試合中に「負けてしまう・・・」とか思った事はないですね。ちょっと話しがそれてしまいますが、私は、突きの練習をたくさんしていたんです。毎日何百本も。そして試合でも、必ず突きを打っていたのですが、名門校の選手は問題ないのですが、普通くらいの学校の選手だと、私が突きを打つとビビっちゃったりすんるんですね。まぁ計算尽くなところはありますが(笑)。ただ、私が突きを打ったあとに、過呼吸とかになったり、救急車運ばれちゃった選手もいて、なんか私が悪モノになったような・・・ 会場から冷たい視線を感じるような・・・ ちょっと心が折れそうになったことはありましたね。

__タマ子さんは試合したくないですね(笑)。しかし、情けは捨てたフリをしないと・・・
タマ子:毅然としてました。やらないと、私が稽古でやられてしまう・・・みたいな。

もう怒らない!!と言われたものの・・・

__得意技は、突きの他は?
タマ子:「場外への押し出し」です(笑)。押し出しって言っても、相手が勝手に出ちゃう事もありましたけどね。

__相手はぶつかってみたら「壁」だったみたいな(笑)。やはり背が高いので、相手は小手とか胴を狙ってきますよね?
タマ子:完全に「下」狙いですよね。なので、突きで相手の出足を鈍らせ、攻めを潰し、空いたところを狙うって感じですね。

__引き技は?
タマ子:どちらかというと、相手が引いたのを追って、ドカンと一発打ち込みますね(笑)

__一発打ち込まれて、防御しても、さらに体当たりで吹っ飛ばされ・・・ 相手がかわいそうですね(笑)。
タマ子:「勝負」ですから、やらないと、やられるだけです(笑)。

__怒られてばかりですが、褒められたられたことはありますか?
タマ子:ん~~(しばし考え)、ありました!年末に行なわれた若潮杯の決勝で、桜美林高校とやったのですが、私があっという間に二本勝ちしたんです。そしたら先生が「もう二度と怒らないし、叩かない!」って約束するほど褒められて、「これで良い年を迎えられるし、来年もがんばるぞ!」って思ってたんですが・・・ 翌日の稽古で、早速怒られましたね(笑)。

__あら~、良い気分も1日もちませんでしたか(笑)。。

「忍耐」

__剣道でたくさんの実績を残しました。大学へはいかれていませんね?ただ、大学から推薦はきていたのではないですか?
タマ子:推薦はありがたいことにいただいていたのですが、大学での目標が見いだせなかったんです。ケガだらけで、剣道を続けていく自信がなかったし、何のために大学に行くのかなって。先生達は、私が大学へ行くと思っていたようで、推薦を断ったら、ま~、怒られましたよね(笑)。

__最後の最後まで怒られましたか(笑)。阿蘇高校に行ってどうでしたか?
タマ子:いまは良かったと思えますね。

__そして、剣道で、阿蘇で得たものは?
タマ子:「忍耐」に尽きますね。いまでも少々の事があっても、笑っちゃいますよね(笑)。人のグチを聞いてても「大した事ないな」って思っちゃう事もありますよ(笑)。

__話を伺っただけで、伝わってきました。卒業後は何をしたのですか?
タマ子:県の体育施設で働いてました。何年かして、実業団のチームに入らないかって誘われて、入ったら・・・ 女子部員がいなくて、剣道も出来ず・・・みたない(笑)。

__なんだったんですかね、その誘いは(笑)。

水商売、そして、大ケガ

タマ子:そのころから、水商売に興味を持ち始めて、昼間に普通の仕事をしながら、チーママみたいなこともやって、店を切り盛りしてました。初めは30人くらい入れるお店をやって、(お店の)ママと話して80人くらい入れる、大きなお店を作りました(笑)。

__水商売は何年くらいやったんですか?
タマ子:10年間、張り切ってやってましたね(笑)。

__そうなんですか~。高校卒業後は剣道をやりましたか?
タマ子:実は23歳の時に事故をして、今でも両腕にボルトが入っているんです。それで剣道ができなくなっちゃったんですね。

__それは残念ですね。どんな事故だったんですか?
タマ子:会社のBBQ大会に参加して、山からコロコロって落ちて・・・ 両腕骨折、顔面打撲、いや全身打撲、いや全身骨折みたな(笑)。高校の頃は握力が50キロあったんですけど、今は20キロないくらいですね。話しを聞くと、女の子ってそんなもんなみたいですね(笑)。

__コロコロって感じではなさそうですけどね・・・ 剣道が出来なくなってしまったのは残念ですが、握力は、大けがして、普通の女性になれたと(笑)。

「笑う」って大切なこと

__そして、現在の「芸人」になろうと思ったキッカケを教えて下さい。
タマ子:そのケガをしてから、3~4年間は入退院を繰り返していたんです。両腕が不自由だったので「他にどんな仕事をすればいいのか?」と悩んでたんです。地元にいたので、友達とかにも気を使われてしまったいたんです。有り難い事なのですが、だんだん気を使われている事が、息苦しくなっていたんです。そして、ある時期から、熊本から通いで東京の病院で治療する事になったんです。そして東京には芸人をやっている友達がいて、有名なお笑い芸人さんとかのグループに混じって、一緒に飲んだりしてたんです。お笑いの人たちは、私が両腕をケガしている事をネタにしたり、いじったり、まったく気を使わないんですよね。しかし、その感じがすごく心地良くて、「どんに大変であっても、笑うって大切なことだな」って思ったんです。そこから「芸人」という職業に興味を持ちましたね。

芸人、まず始めに・・・

__そして芸人を決意し、上京しましたね?「芸人」まず何から始めましたか??
タマ子:私も、なにから始めていいかわからなくて、「お笑い学校」みたいにところに通うことが最初だろうなぁって、思ったんです。吉本興業とかワタナベプロダクションとかの芸人養成学校があったのですが、浅井企画の学校に通う事にしたんです。一番安かったので(笑)。

__安かったから・・・重要な要素です。
タマ子:本当は、滑舌を良くしたり、熊本訛りも直さないといけないんですよね。

__訛りも一つの売りになったりするんじゃないですか?
タマ子:お芝居的な事をやるときは、訛りがあると怒られますね(笑)。

__そうですか(笑)
タマ子:そして、浅井企画のセミナーに通っている時に、たまたま女子芸能人のフットサル番組があり、浅井企画としても参加する事になったんです。そして、メンバーがたりないって事で、セミナー通いだった私も参加する事になったんです。ラッキーでしたね。

__タイミングが良かったですね!すみません、その時の体型は??(笑)
タマ子:高校の時とは比べものにならい、大きくなってましたね(笑)。今みたいな感じです(笑)。

__番組を観ていないので申し訳ないのですが、フットサルでは体当たりしたり??
タマ子::ま~ そんな感じですね(笑)。体を使って笑いを取るような感じでした(笑)。モー娘。さんとか、グラビアイドルとか・・・ 錚々たるチームと対戦していましたね。

__逆に、ケガさせないように気を使っちゃいますね(笑)
タマ子:ホントですよ!ケガさせたら大変な事になっちゃいますからね!

浅草で漫才や舞台

__芸人活動としては?
タマ子:背の小さい男の子「フリーサイズ」というコンビで組んで、漫才をやってました。その時期は、浅井企画の仕事と、浅草の漫才協会にも所属して、舞台で漫才をやってましね。

__漫才ってどんな勉強をするのですか?
タマ子:ネタを考えて、とにかく場数を踏んで、慣れるというか、経験を積むってことを考えてましたね。今もですけど。流れやタイミングなど、勉強するべきことはあるのですが、お客様の反応で臨機応変にやらないといけないと思うので。

__「プロ」は大変ですね。その後の活動は?
タマ子:フリーサイズを解散して、トリオで1年やって、2010年4月からピンでやってます。

__大変失礼ですが、「芸人」だけで食べていけるのですか??
タマ子:フットサルをやっているころが、一番大変でしたね。アルバイトもできないくらい、フットサルの練習をしていたので(笑)。事務所がガチで優勝目指してて、ホント練習漬けでした。漫才の稽古もできなかったですよ~。フットサルのおかげで、テレビも出れたし、ちょっとだけ名前も覚えてもらえたのでよかったですけど(笑)

__フットサルの練習だけでは、お金はもらえなそうですものね(笑)。そして現在の活動は?
タマ子:浅草で漫談や舞台、あとは営業(イベント出演、わかりやすくいうとデパートの屋上でやっているようなショーなど)ですね。仲間と自主公演をやったりもしてますね。

__自主公演はいつですか??
タマ子:3月21日に浅草の東洋館でやります。(下記参照)

__是非いきます!漫談はどのようなネタをやっているのですか?
タマ子:相撲ネタや自虐漫談です?実話を元にしたり・・・ 電車で、妊婦に間違われて席をゆずってもらった・・・みたな。剣道ネタも入れていきますか!

__そうして下さい!「剣道」って楽しいんだなって思ってもらえるように! 話しは変わりまして、先日タマ子さんのブログで見たのですが、リヤカーでコッペパンを売っている姿の画像を拝見したのですが・・・
タマ子:知り合いに頼まれて、浅草で売ってます。芸能人の方も、結構食べてたり、買ってくれてるんですよ。お正月からリヤカー引いて、やってました(笑)。そしたら、先日「はなまるマーケット」で紹介してもらっちゃって、評判も上がってるんですよ~。

__良かったですね!!今度、浅草に探しに行きます!!

肥満予防健康管理士、相撲芸人・・・

阿蘇高校出身!芸人・タマ子__タマ子さんの肩書き「肥満予防健康管理士」ってなんですか??
タマ子:ホントにある資格なんですよ!(笑)。ダイエットのアドバイザー的なものですね。資格が欲しかったんです。その資格を知ったときに、ネタになるし、自分のためにもなるなって(笑)。

__どうやって資格を得たのですか?
タマ子:週に1~2回くらい専門学校に通いました。半年間くらいでしょうか。お医者さんとか、エステシャンの方とか・・・ ちゃんとしている人ばかりの中に、私も受講してました。ちょっと浮いてましたね(笑)。

__「肥満予防健康管理士」としての活動はしているのですか?
タマ子:これからですね。協会の理事長からも「どんどん宣伝してくれ!」と、特例をもらっているので、がんばらないと。ホントは肥満予防管理士より一つ上の「マスター」的な資格も欲しかったんです。しかし、その資格は、受験者自身の体脂肪率の制限もあって、私はダメでした(笑)。マスターになるには、見た目も重要だそうです(笑)。

__そうなんですか(笑)。
タマ子:一昨年にその試験の為に、25キロのダイエットに成功したんですが、去年は何もしなかったら、また戻ってしまったんですね(笑)。また今年は20キロ以上ダイエットしようと思ってます。それをブログに書いていこうかなって思ってます。

__メタボな私も、参考にさせていただきます(笑)。趣味はありますか?
タマ子:相撲ですね。「相撲芸人」としても、活動してます。

__相撲芸人・・・ 場所中は、毎日行かれてるんですか?
タマ子:仕事でも行きますし、仕事がなくても行ってますね(笑)

__今後の目標は??
タマ子:人を笑わせて、少しでも幸せになってもらいたいです。そして、相撲や剣道を、もっと多くの人に知ってもらえるような活動もしたいですね。まずはネタに入れるところからですね(笑)。当面は、漫談とか、舞台をたくさんやりたいですね。やはりライブでお客さんに見てもらって、笑ってもらえるのが、ホントに嬉しいし、楽しいです。

__剣道の試合しかり、ライブでも緊張しなさそうですね(笑)。今後の活躍を期待しております!!どうもありがとうございました!!


【肥満予防健康管理士とは・・・】
不適切な食生活や肥満による生活習慣病が増加する昨今の背景を受け、(社)企業福祉・共済総合研究所が認定する資格。肥満と生活習慣病との関係や、食事・運動・意識療法などの正しい知識と肥満予防・肥満解消に関する指導力をもつ健康のスペシャリスト


告知 【お知らせ】
タマ子さん出演の舞台(今回はお芝居)が行なわれます!

「ザ・こっぺぱんず」
2011年3月21日(祝)
開演19時〜
浅草東洋館(昔のフランス座)

チケットは絶賛予約受付中ですので、タマ子ブログのコメント欄書き込むか、チラシのメールアドレスへお問合せください!!

 


タマ子
芸人・タマ子
本名 坂口 瑞子(さかぐち たまこ)
1975年1月18日生まれ 熊本県出身
身長175cm
体重 30キロダイエット絶賛進行中!!
剣道三段
熊本県熊本市立 一新小学校
熊本県熊本市立 西山中学校
熊本県阿蘇県立 阿蘇高校
【剣道戦歴】
全国若潮杯団体優勝
九州選抜大会団体優勝 個人優秀選手受賞
全国選抜大会準優勝 他
※肥満予防管理士 取得
※小学2年から剣道を始め、楽しく剣道をする。西山中学校剣道部には、半ば強引に剣道部へ入部させられる。中3時、全中、九州大会は出場圏内と言われていたが、まさかの序盤敗退。
全寮制、稽古の厳しさで有名な阿蘇高校へ入学。
2年時より大将をつとめ、数々の大会で優勝するも、レギュラーになると同時期から、ケガとの戦いも始まる。
ケガにより、剣道選手生活の限界を感じ、大学進学をせず就職。
OL、水商売・・・さまざまな職業を経験し、現在は浅草を中心に芸人として活躍する。
剣道復帰の気持ちはあるものの、ケガのため実現していない。


 

取材協力
イタリアンレストラン
PANELLA

 


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インタビュー – 「あいのりレスラー」崔領二は剣道をやっていた!!

「あいのりレスラー」崔領二は剣道をやっていた!!

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プロレスリング・ZERO-ONE「あいのりレスラー」崔 領二(さい りょうじ)

剣道は弱かった。
しかし、学んだものは大きかった。
剣道を始め、海外留学、プロレスデビュー、
そして病気による長期欠場
奇跡の復活
プロレスデビュー10周年の崔 領二選手は
剣道から何を学び
今に役立てているのかを語る!

剣道を思い出しながら語る
剣道を思い出しながら語る

__お忙しいところ、インタビューを受けていただきまして、ありがとうございます!よろしくお願いします!
崔:よろしくお願いします!
__まず、剣道を始めたキッカケから教えて下さい。
崔:親に勧められ、強制的に(笑)。大阪の淡路剣友会で小学校の1年生から中学3年までやりました。
__やってみてどうでしたか??
崔:いや~ 先生が厳しかったですよ。右田善方先生に教わったのですが、厳しい先生でしたね(笑)。
__そうでしたか(笑)。稽古はどうでしたか?
崔:こういう冬の時期は特に辛かったし、道着も薄いのを1年中着てたんですよ。寒かったな(笑)
__ずばり、剣道は強かったですか?
崔:それが、全然強くなかったんですよ。「負け癖」が付いてしまうくらい弱かったですね。
__そうなんですか!予想外です。運動神経は良いですよね?
崔:う~ん、普通でしたね(笑)。まぁちょっと良いくらいですよ。ただ力は強かったと思いますね。でかいヤツでもすっ飛ばしたりしてましたから。剣道では役に立たなかったかな(笑)。
__剣道の試合では、どうでしたか?
崔:レギュラーという感じではなかったですね。大阪府の大会で2位になったことがありますね。補欠だったのですが、突然出場命令が出て。
__そうなんですか。
崔:小学生の時は、「ただやっていた」という感じでしたね。剣道に対しての考え方が変わったのは、中学2年生の時です。
__何か、キッカケがあったんですか?
崔:ある大会の個人戦で、1つ年下のヤツに負けたんですよ。オレは、当時からガタイが良かったんですけど、そいつはチビで、しかも年下。そいつが強いのは知ってたけど、勝てると思っていたので、簡単に面を打ったら、出小手を合わせられたんです。負けたのはショックでしたね。また、そいつがちょっと調子に乗っている姿にムカついて(笑)。そこで初めて反省して、本気で取り組むようになったんですよ。

自ら何かを感じないと「強くなれない」

いまでも剣道を続けている
いまでも剣道を続けている

__初めてですか!?(笑)
崔:反省したことは、本当に簡単なことで「なぜ小手を打たれたのか?」という事です。そしてすぐに答えがでました。「相手は、オレがデカイから、面を打つのを待っていたんだな。」と。そんな簡単なことすら、なにも考えないで今まで剣道をやっていたんだなと思いましたね。もっと早く気付いてれば、もう少し強くなってたかもしれないですね(笑)。
__その後はかわりましたか?
崔:どんなスポーツでも一緒だと思いますが、自ら何かを感じないと「強くなれない」と思いました。そして剣道に対して、試合に対して、全ての事を「考える」ようになったんです。例えば、素振りにしても「ただ」千本振っても何の意味もないんです。100年続けても意味がないと思いますよ。腕は太くなるかもしれないですけどね(笑)。人を斬るイメージを持ったり、鋭く振るにはどういう角度がいいか?どういう体の使い方をすればいいか?とか。試合だったら、小手を打たれずに面を打つには?と考え、そうすると、試合の組み立てを考えなければいけない・・・ 攻め方や技のバリエーションなど、どんどん課題がでてきちゃって(笑)
__そうですね(笑)
崔:「考えて」稽古した結果、中学3年生のときに、そいつに勝ちましたよ!(笑)。さらに、その大会で3連覇してたヤツにも勝って優勝しました。
__良かったですね!どういう試合内容だったのですか?
崔:試合では「相手の嫌がる事をする」ことです。これはスポーツの「鉄則」だと思います。その試合では、「相手に打たせない」ようにしました。相手が間合いを詰めてきたら、逆に詰め返して鍔競り合いにしました。下がることも可能ですが、それは相手の打ちを自分がかわすって事であり、相手は打っているんですよ。オレが前に出れば相手は「打てない」ですよね?すごく嫌じゃないですか??
__嫌です(笑)。
崔:プロレスや格闘技の試合でも対戦相手を徹底的に研究して、相手の得意技を潰す作戦を立てるんです。プロレスとか何でもトップ選手の試合だと、相手も自分を潰しに来るんで、ちょっとつまらない試合になってしまうんですけど(笑)。
__「勝負の鉄則」を剣道を通して知ったのですね。試合の結果はどうでしたか??
崔:結局その試合は延長を何回も繰り返し、最後は私が相手の意表をつく、大きく振りかぶっての引き胴で勝ちました。一瞬の判断で出たんです。大きく振りかぶったことにより、相手の胴はガラ空きでしたね(笑)。オレはデカイから、まさか「胴」を打つとは思ってなかったんだと思いますね。

考える」「頭を使う

__会心の一撃だったんですね。
崔:いまだに鮮明に覚えてます。剣道では気付くのは遅かったですが、今に至るまで様々なスポーツをやり、その剣道の試合を通して「考える」「頭を使う」という事を知ることができたのは、一番の収穫ですね。9年間でしたが、本当に剣道をやって良かったと思ってます。勉強でもスポーツでも、点数や戦歴とか関係なく、何を学べたか、何を学んだかが、重要なことだと思います。この「考える事」についての話は、プロレスの弟子や後輩たちにも話したりしますよ。相手と同じ事をやっていてたら、試合でも勝てないし、会社でも出世できませんからね。
__いまだに剣道が役に立っているのですね!その中学2~3年生で大きな事を学ばれたのですね。高校では剣道を続けようと思わなかったのですか?
崔:思わなかったですね(笑)。剣道のホームページなのに、こんなハッキリ言っちゃって大丈夫ですか??(笑)
__大丈夫です!(笑)

「勢い」でイギリス留学、格闘技との出会い

ジェラルド・ゴルドー仕込みの蹴り
ジェラルド・ゴルドー仕込みの蹴り

__高校で留学しましたね?
崔:イギリスに留学しました。映画の勉強や海外の生活がしてみたかったんです。
__英語は得意だったのですか??
崔:全然!!(笑)。「勢い」で留学しました。向こうでは剣道のかわりに、キックボクシングや格闘技に興味を持ち始めました。ジムに行って鍛えたり。そして、日本のプロレス・格闘技界でも有名なジェラルド・ゴルドーのオランダにある「ドージョーカマクラ」に住み込みで修行するようになりました。
__住み込みだったんですね。どのくらいの期間ですか?
崔:2年くらいですね。あっ、高校はちゃんと卒業しましたよ(笑)。
__「ドージョーカマクラ」は何のドージョーですか?
崔:空手とキックボクシングです。
__崔選手も両方やられていたのですか?
崔:そうですね。
__日本、剣道における武道精神と、海外の「ドージョーカマクラ」を通して学んだ武道精神に違いはありましたか?
崔:基本的には変わらないです。やっぱり、キックボクシングの人より、空手を習っている人のほうが礼儀はできていましたね。
__ちょっとした違いはありましたか?
崔:外国人の方は「日本語」を使いたがります。「イチ、ニ、サン・・・」とか、あとちょっと間違った日本語を使ってたり(笑)。
__どんなことですか?
崔:師範、先生、先輩って使い分けますよね?一番エラい先生を「師範」だったり、直接指導してくれる人が「先生」だったり・・・。「ドージョーカマクラ」では、「○○コーチ」を「○○先輩」と呼ぶなど、「ランク(格付?)」として使われていたんです(笑)。ゴルドー師範が一番エラいのに、コーチ的な方に対して「センパイ」って呼ぶんです(笑)。初めて聞いた時は笑いをこらえましたね(笑)
__はははは(笑)。当然、正しい日本語に直してきたんですよね?
崔:いや・・・(笑)。普通に、ごく当たり前のように使っているので、言い出せなかったですよ(笑)。
__え~!?それは崔選手が一番最初にやらないといけない事だったんじゃないですか!?(笑)さてさて話は戻りますが、そこからプロレス界入りする訳ですよね?どういった経緯だったんですか?
崔:ゴルドー師範が「日本に帰るなら、橋本真也のZERO-ONEを紹介するぞ」と言ってくださったので、お願いしたんです。
__自分の意思というより、紹介してくれるからって始めたという感じなのですか??
崔:そうですね。「自分がプロレスラーになれる訳がない」と思っていたので。ただ「どうだ?」言われたら「お願いします!」と言いました(笑)。

プロレスも剣道も辛さは一緒

リングに上がったら真っ向勝負
リングに上がったら真っ向勝負

__プロレスラーになるためには、厳しいトレーニングが待っていたと思いますが?
崔:それは辛いですよ(笑)。ただ、小学校1年生で剣道を始めた時も辛かったですよ。辛さは一緒です。知らない事を習うって事は大変です。剣道で辛い事にもいろいろ耐えていたからこそ、慣れない海外生活でも、とんでもなく辛いプロレスの稽古や、トレーニングを続けることができたんです。
__プロレスデビューしてから、2年くらい病気でプロレスを休みましたよね。周りに取り残されてしまうような不安はありましたか?
崔:普段なら、当たり前にできていた事でが、できない辛さ、プロレスができない寂しさがありましたね。
__もしかしたらプロレスも引退しなければならい、と思ったりもしましたか?
崔:絶対復活する!って思う反面、もしかしたら引退・・・ということも考えましたね。ただこうして復活し、今に至っているので良かったです。振り返ってみると病気は辛かったですが、休んだことでいろいろ「考える」時間ができて、それが今に活かされているところもありますよ。休むべくして休んだのかな?と思います。
__復活後は大活躍されてますね。ゼロワン最大のイベントである「火祭り」(プロレスのトップ選手が参加するシングルトーナメント)での優勝や、世界チャンピオンのベルトも巻きましたよね。ここ一番の試合に臨む時の心境のは、どのようなものですか?
崔:やっぱり何回やっても緊張しますね。何千人、何万人に見られていますし。他のトップ選手も同じだと思います。試合前は「自分を落ち着かせる事」を考えます。いままでの練習を思い出したり「自信」を付けるようにします。試合になったら気持ちとは別の「勝負強さ」も必要になってくるんですが。試合に関しては、プロレスも剣道も一緒ですよ。今までの人生そのものがでますよね。
__試合は難しいですね。

どれだけ楽しめるか

ちょっと手加減!?
ちょっと手加減!?

崔:ちょっと話題が変わりますが、いろいろな要素に囲まれているので自分は「若くいれる」と思うんです。
__「若く」といいますと?
崔:常に考えていたり、お客さん達に見られていること、試合後の達成感・・・ 日々勉強する立場なので、老けるヒマがないですよね(笑)。「若くいる」ということは、チャレンジ精神につながりますね。
__続けることは、辛い事でもありますよね?
崔:毎日やらなければならい事や、逃げ出したい事もあります。そのことから逃げたら、自分の中の「自信」がなくってしまう不安となります。
__はい。
崔:嫌な事を毎日やっていたり、やらされていたりしたら、それは「拷問」ですよね。生きている意味がない。毎日やらなければならない事を、どれだけ「楽しく」できるかが重要だと思ってます。それだけですね。
__また、話題を変えてしまいますが、昨年7月に犯罪者を取り押さえたと聞きました。どのような事件だったんですか??
崔:ランニング中に、ピッキングで玄関のドアを開けているヤツを見つけたんですよ。明らかに「泥棒」とわかる。近づいたら、相手が振り向いたんですが、そのときに、「泥棒」はアイスピックを持っていたんです。
__はい
崔:こいつに「刺されるのかな〜」なんて思ったんですが「他の人が刺されたら大変だな・・・」とか「取り押さえないと後悔するな・・・」なんて思っていたら・・・ 気がついた時には、バシっと相手を取り押さえていたんですよ。
__おおーー!!
崔:すぐに警察に来てもらって、一件落着です。そいつは、泥棒の常習犯だったらしいです。
__まさにお手柄ですね!!あと、以前に「あいのり」に出演されてましたよね。周囲の反響は、どうでしたか?
崔:お客さんも増えましたし、いまでも「レスラー」なんて言われる事がありますからね。出演して良かったと思います。

熱くなれもの

__最後に今後の抱負をお願いします。
崔:ゼロワンが10周年、自分も今年の9月でデビュー10周年です。お客様に「進化しているな〜」「やっぱり普通の人ではプロレスはできないな。お金を払う価値があるな。」って思われたいですね。その為には、さらにさらに頭を使って考えなければいけないなと思います。あと自分自身がもっと「熱くなれるもの」を見つけたいですね。
__熱くなれるものとは??
崔:プロレスのライバルも、プロレス界以外でも、とにかく自分が熱くなれるのであれば(笑)。結果的にはプロレスに反映されると思うので。
__わかりました。今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。2/17後楽園大会、3/6両国国技館大会、期待しております!!

プレゼント

プレゼント

当プレゼントは終了しています。

2011年2月17日(木)
ZERO-ONE 後楽園ホール大会
A席(北側 前の方!!)2名1組 2組にプレゼント!!
写真の崔 領二選手サイン入り大会ポスター 1名様
・〆切は2月10日(木)
●応募要項
1、〒・住所 2、氏名 3、年齢 4、剣道歴
6、崔 領二選手インタビューの感想
※メールにて応募してください。
※お手数ですが、メールの件名は
「ZERO-ONE 後楽園ホール大会 」
たくさんのご応募お待ちしております!!

大会告知

大会告知

2011年3月6日(日)に、ZERO-ONE10周年記念大会「プロレス」を両国国技館にて開催決定!!
ZERO-ONE旗揚げ戦(2001/3/2)の地、両国国技館で行なわれます!
もちろん崔 領二選手も参戦します!!
大会では創始者・橋本真也(故人)の長男・大地選手のデビュー戦が行なわれ、その対戦相手は、なんと蝶野正洋選手です!!
そして、社長レスラー・大谷晋二郎選手は、旗揚げ戦にも参戦したプロレス界の帝王・高山善廣選手と対戦!


取材協力
プロレスリング・ZERO-ONE
永田芳美

写真提供
t.SAKUMA


崔 領二(さい りょうじ)

崔 領二(さい りょうじ)
1980年6月3日生まれ 三重県出身
剣道歴9年
プロレスリング ZERO-ONE所属
・2001年 プロレスデビュー
・2008年 「あいのり」出演
・2009年 NWA UNヘビー級王座 獲得
・2009年 火祭り 優勝
※01年、ZERO-ONE入団2日後にデビューを果たす。佐藤耕平とともにNWAインタコンチネンタルタッグ王座奪取後は、新日本プロレスとの対抗戦で頭角を現す。2006年11月、自身初のシングルのタイトルであるNWA UNヘビー級を奪取。持ち前の喧嘩ファイトでエースを狙う。また、那智の滝観光大使や漫才師など多彩な顔を持ち合わせている。


関連情報リンク

インタビュー – 第3回 女優兼プロレスラー兼剣道家 女子プロレス「アイスリボン」 志田光 後編

志田光選手に、LET’S KENDOが入場衣装を提供!!

努力は裏切らない

昨年9月にインタビュー企画(下にインタビューあり)に登場して頂きました、女子プロレスラー・志田光選手(アイスリボン所属)に、プロレス入場用の道着と袴をプレゼントしました!!
今年の正月にアイスリボンさんへご新年の挨拶と、インタビュー収録時に撮影した写真パネルを渡しに行ったことがキッカケです。
(2010年)年末のプロレス大会で、志田選手が白道着・袴で入場した際、非常に評判が良かったとの話を伺い、「それなら作りましょう!!」即決。その場で打ち合せを行ないました。
「色落ちしないもの」「装着を簡単に」この2つが最低条件となりました。色落ちすると、試合用のコスチュームに色がついてしまうこと、先発で入場する場合は相手の入場の間に脱ぐことができますが、後発で入場し脱着に時間がかかると、進行にも影響がでてしまうからです。
そして、私がその足で向かった先は、LET’S KENDOで、手ぬぐいを作ってもらったり、一周年記念際にも竹刀袋+剣道手提げ袋を作ってもらった、オリジナル商品、ハンドメイドでなんでも作ってしまう、竹島武道具さんです。

 

女優兼プロレスラー兼剣道家

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女優、そしてプロレスラー

両親には内緒でタレント事務所に入りました(笑)

浪人生から女優へ!?
浪人生から女優へ!?

__大学で剣道を続けようと思わなかったのですか?
志田:大学進学は考えていましたが、剣道を続けることは考えていなかったです。「高校まで」って決めていたところもありますね。インターハイや国体に出場できていたら、剣道を続けていたかもしれないですが(笑)。大学へは勉強で浪人して目指すことにしました。中学、高校と剣道ばかりやっていたので、勉強が・・・
__剣道を一生懸命やっていた分、勉強が・・・というのは理解できます(笑)。「女優」になりたと思ったのはいつからですか?
志田:小さい時からの夢でした。中・高校と剣道に夢中になり、大学浪人しつつも、いろいろ今後の事を考えていたのです。そして、「女優」になることが自分の夢だったことを思い出したんです(笑)。浪人中だったので、両親には内緒でタレント事務所に入りました(笑)。
__立場上、言いづらいですよね(笑)

本当にプロレスラーになるんだったら合格!?

http://3count.ne07.jp/
厳しいトレーニングに耐え、主演に決定!!

__いまは女優兼プロレスラーとして活躍しています。どういうキッカケでプロレスラーになったのですか?
志田:「スリーカウント」というプロレスを題材にした映画のオーディションを受けたんです。そしたらプロデューサーに「本当にプロレスラーになるんだったら合格。」って言われたんです(笑)。プロレスって見た事もなかったのですが「映画に出れる!!」と思い、やることにしました。
__映画の役だけど、本当のプロレスラーとしてデビューもするってことですか?
※ここでアイスリボン 佐藤社長が登場(以下:社長):映画の出演条件は、映画の撮影開始日(クランクイン)までに、本当にプロレスデビューする事だったんです。その方が映画に「リアリティ」がでるので。
__そうですね。
社長:ド素人がプロレスに入門しプロレスデビューまでを、ドキュメンタリー的な番組として、テレビ埼玉の「マッスルヴィーナス〜筋肉美女」で放映したんです。だから志田は、プロレスラーになるために、本当に辛いトレーニングしてアイスリボンの大会で「プロレスラー」としてデビューを果し、映画に出演したのです。さらにその番組から一緒にプロレスデビューし、映画に出演した8人の中から、主演を勝ち取ったんです。
__へ〜 志田選手、すごいですね!
志田:(笑顔)
社長:かわいい子ってたくさんいるけど、「がんばっている子」っていうのも人を引きつけれると思うんです。実際にトレーニング期間はノーギャラで、交通費も支払っていません。最初は100人くらいの参加がありましたが、トレーニングの厳しさや仕事、金銭面も含めて離脱者が相次ぎ、結果8人がデビューしました。そして、いまアイスリボンに残っているのは3人だけですからね。
__3人ですか・・・

映画が終わったら絶対にプロレスは辞める!

辞める予定だったプロレス・・ 今はアイスリボンのエースを狙う!
辞める予定だったプロレス・・ 今はアイスリボンのエースを狙う!

社長:オーディションでは、「映画が終わるまではプロレスラーでいること」が条件だったんです。当初志田は、「映画が終わったら絶対にプロレスは辞める!」って泣きながら言ってましたからね(笑)
志田:(苦笑)
__しかし志田選手はいまだにプロレスをやってますね。
社長:志田は実際の映画を見たら「プロレスをやりたくなった!」って自分から言い出したんですよ(笑)。
志田:はい(照笑)。
__プロレスラーになることをご両親は反対しませんでしたか?
志田:しなかったです!逆に父は賛成してくれて、それこそスパルタですよ(笑)。父からはやっぱり「頂点を目指せ」と言われました(笑)。
__ストイックなお父さんがでてきましか!(笑)
志田:プロレスの道場では基礎体力とプロレスのトレーニングをして、さらに自宅では父の指導の元、筋トレ。厳しかったですが、剣道の稽古でも辛い経験があったので乗り越える事ができました!
__気を使っていただきありがとうございます(笑)
志田:いやいや、本当ですよ!!いまのプロレスのトレーニングは、肉体的にも精神的にも本当に辛いですが、高校の時の部活も本当に辛かったですから。しかし「努力は裏切らない」という事を剣道を通して学び、「練習して上達を楽しむ」という考え方になりました。剣道で自分なりに結果を残せた経験を信じて、プロレスでもトレーニングを重ねて結果を残します!

プロレスでも女優でも1番になる!

取材後に行なわれた試合では、見事勝利!
取材後に行なわれた試合では、見事勝利!

__期待しております!!最後に、今後の目標をお願いします!
志田:まず、プロレスの試合で「竹刀」を使う事ですね(笑)。これはやりたいです。
__反則は5秒までオッケーなのがプロレス特有のルールですからね!(笑)
志田:プロレスのリングで防具を付けて「剣道マッチ」もやりたいです!
社長:顔が見れないだろ(笑)。
__そうですね!(笑)。その時は是非協力させて下さい!(笑)
志田:最終目標は、プロレスでも女優でも1番になることです!!
__応援しております!!今日はお忙しい所、本当にありがとうございました!!

柔道仕込みの払い腰!剣道を活かした技の開発はこれから!?
柔道仕込みの払い腰!剣道を活かした技の開発はこれから!?

プレゼント

プレゼント

プレゼントは終了しています。

志田選手が主演し、プロレスデビューのきっかとなった
映画「スリーカウント」のDVDを、抽選で2名様にプレゼント!!
●応募方法●
1、〒・住所 2、氏名 3、年齢
4、LET’S KENDO、インタビューの感想
※1〜4を必ずおご記入ください。
〜応募はメールにて受付〜
※メールの件名に
「スリーカウントプレゼント 」
とお書きください。


志田 光(しだ ひかる)

志田 光(しだ ひかる)
1988年6月11日生まれ 神奈川県出身
剣道三段
女子プロレス「アイスリボン」所属
【剣道戦績】
・神奈川県中学校剣道大会 個人ベスト8
・玉竜旗高校剣道大会 出場
・神奈川県高校剣道大会(団体) 3位
・関東高校剣道大会 出場
【映画・テレビ】
・テレビ埼玉「マッスルビーナス」
・映画「スリーカウント」主演
・映画「ロボゲイシャ」
・映画「平成トンバチ野郎〜男はツラだよ〜」
【プロレス】
・2008年8月23日デビュー
※幼少の頃より培われた武道精神で「女子プロレス界の将来を担うエースの器」と高い評価を得ている。

※女子プロレスラー&女優「志田光」オフィシャルブログ
志田っくすのでらっくすでいず!

※女子プロレスラー&女優「志田光」オフィシャルブログ
志田っくすのでらっくすでいず!

※女子プロレス団体
-アイスリボン-official site

※今話題!!
ー19時女子プロレスー
☆動画配信サイト「USTREAM」にて
熱い試合を生放送・無料配信中!


大会告知

【大会告知】
☆2010年9月23日12時より、後楽園ホールにて「リボンの騎士たち」を開催!!志田選手も出場し、豪華カードがズラリ!!
※すでに売切れ席種もあるので、チケットのご購入はお早めに!!
※後楽園大会「リボンの騎士たち」の詳細はこちらから!!
☆埼玉県蕨市にあるアイスリボン道場「レッスル武闘館」にて、定期プロレス大会も開催中です!!


 

●協力
有限会社ネオプラス
女子プロレス アイスリボン

栄光武道具
剣道倉庫 全日本武道具センター
城西武道具
竹島武道具

●撮影サポート
永田“Zeah!”芳美

関連情報リンク

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