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UFCファイター
水垣 偉弥(みずがき たけや)
抜群の運動神経
しかし、剣道では発揮できなかった!?
名門校に進学するも
「残念」すぎる選手生活・・・
身体能力を最大限に発揮できる
「総合格闘技=MMA」
に出会い、日本国内で活躍
現在、アメリカ総合格闘技団体・UFCで
凌ぎを削りトップファイターとなる
日本よりアメリカで有名・・・
やっぱりちょっと残念・・・
剣道をバックボーンにした?総合格闘家は
どのように生まれたのか!?
☆インタビュー前半
ー 幼稚園〜高校 ー
幼稚園のころから時代劇ファン!?
懐かしむように語る__3月3日にUFCで大切な試合があるにも関わらず、インタビューを受けていただきありがとうございます!よろしくお願いします!
水垣:お願いします!剣道の取材って聞いて、ビックリしました。
__そうですよね。LET'S KENDOでは、現在・過去に拘らず剣道に関わったすべて方が取材対象です!何でもありです! まず、いつから剣道を始めたのですか?
水垣:逗子剣道協会で小学校1年生から始めました。
__なぜ剣道を始めたのですか?
水垣:幼稚園の頃から時代劇を見るのが好きで、親が「それなら剣道をやってみなさい。」と(笑)。あと、相撲も好きでしたね。水戸黄門と千代の富士は、いまだに僕のアイドルです!
__幼稚園から時代劇と相撲!渋いですね〜(笑)。剣道を始めたキッカケとしても、初のパターンですね!!剣道を始めてみて、どうでしたか?
水垣:楽しかったです!週2回の稽古が待ち遠しかったですね。
__小学生の時の成績はどうでしたか?
水垣:逗子や鎌倉あたりの大会では、優勝(個人戦)してましたが、県大会ではすぐに負けてましたね。
__地区大会の優勝でもすごいと思います!
水垣:いや~、地区のレベルが高くなかったんだと思いますよ(笑)。
__どんな大会でも優勝というのは大変ことですよ。中学時代は剣道部に所属したのですか?
水垣:剣道部がなかったので、野球部でした。剣道は、道場で続けてました。週2回です。
__そうなんですか!野球の方はどうでしたか?ポジションは?
水垣:これまた野球部が弱くて(笑)。県大会すらでれませんでしたね。ポジションは「1番・サード」でした。
__いい響きですね〜。モテましたか?(笑)
水垣:モテた記憶はないですね~(笑)。
__運動神経は良かったですよね?
水垣:自分で言うのもなんですが、すごく良かったと思います(笑)。足の速さは、学年でも1、2番でしたね。
__小・中学生のモテる基準としては、足の速さはかなり高ポイントですよね?
水垣:あっ、小学校のころは、ちょっとモテててたかもしれないですね(笑)。
__中学生の時、剣道の成績はどうでしたか?
水垣:地区大会でも勝てなくなってましたね。大会に出場している選手は、中学校の部活で、毎日やっていたので。それでも、優勝争いはしてましたけど。
__野球部ながら、すごいですね!
水垣:ホントにレベルが高くなかったんだと思います(笑)。
高校1年生は人生で一番辛かった!!
卒業以来、木刀を握る__そして、高校は、格闘技界の大先輩・鈴木みのる選手、宇野薫選手の出身校である横浜高校に入学しましたね?どういった経緯だったのですか?
水垣:道場の中では強い方だったということと、道場の先輩が横浜高校に行っていたので、誘っていただきました。
__剣道推薦ですか?
水垣:いや、一般推薦ですね。剣道をやる条件はなかったですが、いろいろ話しを詰めて行くうちに、剣道部に入ります・・・と。その時は、「勉強しないで高校に入れるならラッキーだな~」なんて考えてました(笑)。
__その気持ちは、わかります!(笑)。剣道部はどうでしたか?
水垣:高校1年生の時は、辛かったですねーーーー!!人生で一番戻りたくないです!!
__なぜですか?
水垣:稽古も厳しかったですが、先輩が怖かったです(笑)。
__あ~ 先輩ですか~。
水垣:例えば、学校の食堂で、先輩に気付かず挨拶をしなかったら・・・ その日の稽古は、大惨事でしたね(笑)。
__グサグサやられてたんですか?(笑)
水垣:串刺しにされてましたね(笑)。3年生に地元の先輩がいたので、助けていただいた部分もありますけど・・・ それにしても、大変だったな~(笑)。
__地元の先輩がいるのは、心強いですね
水垣:その先輩には、部内の担当・係の仕事も、「あの係はやめとけ」とかアドバイスをもらいました(笑)。
__小さい事でも、有り難いですよね!積み重なるとホント大変だと思います。
水垣:ただ、ぼくらの学年からそういう雑用等の「仕事」や先輩の「付き人」的なことを、なくす方針に変わった時期だったんです。それはそれで、大変だったのですが(笑)。
__どう大変だったのですか?
水垣:えーとですね、監督は「自分の事は自分でやれ」という方針だったんですが、実際、先輩の身の回りのことをやらないと、イタい目にあってしまうという・・・(笑)。
__両方とも逆らえませんものね(笑)それは大変でしたね・・・
水垣:例えば、先輩の道着や防具を片付けているところを監督に見られたら、すごく怒られ、やらなきゃやらないで、先輩にすごく怒られ・・・ なんとも言えない、板挟みな状況でした!!(笑)。やる・やらない、どっちでもいいからハッキリしてもらいたかったですね・・・。
__運の悪い学年だったんですね。稽古はどうでしたか?道場は広かったですか?
水垣:朝練はほとんどなく、授業後に2時間半くらいですね。当時の道場は狭かったのですが、週に1度だけ体育館で稽古する日がありました。
__あっ、その体育館の日は大変な稽古をしそうですね(笑)。
水垣:そうなんです、隅から隅まで追い打ちですね。
奇跡の勝利!?
剣道ではなかなか手にできなかった__辛い稽古に耐えた成果、レギュラーになれましたか?
水垣:7、8番目を争ってましてね(笑)。補欠に入ったり、外れたりでした。
__名門校で、補欠でもメンバーに入りしていたことは、すごいと思います。チームの成績はどうでしたか?
水垣:ぼくらは、インターハイに出場したんですよ!ぼくら・・・?
__なぜ言葉を濁したんですか?
水垣:ぼくは、補欠に入れなかったので・・・(笑)。
__あら~ それは残念でしたね!一番入らなければならない時に。
水垣:そうなんですよ~。ぼくの引退は、関東大会の「予選」で終わりました(笑)。
__その予選は、どうでしたか?
水垣:補欠入りしたのですが、出番はなく・・・、「正座」のまま終わりました(笑)。ただ、チームとしては神奈川県大会初優勝だったんですよ。試合には出場してないですが、ちゃっかり記念撮影には参加しました(笑)。
__補欠だって、正式なメンバーですよ!(笑)。横浜高校剣道部の歴史に、うっすら名前を刻んだんですね。しかし、チームは関東大会に出場したものの、水垣選手自身は・・・
水垣:出場していません!(笑)
__なんと残念な(笑)。
水垣:関東大会のレギュラー選考試合で負けて、ぼくの剣道人生は終わりました。
__あらら・・・。とはいえ、チームとしては最終的にインターハイに出場したんですよね?応援に行ったのですか?
水垣:行ってないです。「いってらっしゃーい!」って感じでした(笑)。
__そんな感じだったんですか(笑)。思い出の試合はありますか?
水垣:あまり試合にでてないのですが・・・。ぼくが2年生の11月に行なわれた、神奈川の新人戦・準決勝ですね。準々決勝までの段階で、レギュラーの先鋒、次鋒が調子悪く、第1補欠も出場しましたが、やっぱりダメで、準決勝の桐蔭学園戦の前に監督から「水垣、勝敗は気にせず思いっきりやってこい!」と、まさかの出場を命ぜられまして、誰にも期待されていない雰囲気を感じながらも、引き面を決めて奇跡的に勝ちました!!チームは、たしか3-2で負けちゃったんですけね。とにかく、ぼくは勝ったんです!(笑)。
__それは良い思いでですね!!対戦相手としても申し分ありませんしね。さてさて、高校3年間を振り返ってみてどうですか?得たものはなんですか?
水垣:自分の限界を知れたことですね。特に精神的な部分で。今でも体力的なものは、トレーニングを続けているので、技術の他、スタミナや筋力もレベルアップしていますが、精神的な部分では、高校1年のあの辛さに勝るものはないですね!
__充分、いまに生かされていますね。
5人抜きして交代・・・
水垣:そういえば・・・
__はい。
水垣:秋田の魁星旗で5人抜きしました!
__すごいですね!
水垣:しかし!5人抜きしたのに、2回戦から交代させられました!(笑)。
__えーー!?嫌われてたんですか??(笑)。ホントに残念な選手生活だったんですね~。
水垣:そうなんですよね〜。しょうがないです。いつも稽古を全力ではやってなかった、自分が悪いんですよ・・・。いつも「7割」みない。ハッキリ言って、稽古は嫌いでしたし!(笑)。
__ずばり言っていただき、ありがとうございます!
水垣:1年生の時は、「がんばろう!」というより「やらなきゃいけない」感じでしたよね。ホントに弱かったので、「まわりの人に迷惑を掛けないように!」必死でした。
__1年生の水垣選手が、稽古の手抜きがバレて、「かかり稽古追加!!」・・・なんてことになったら大変ですすよね!?
水垣:まさに!(笑)。中学生までは剣道が好きだったんですけどね~。高校に入学したら先輩も、後輩も強いし、心のどこか諦めてしまっていたんですね。いまもそうなんですが「根性」「気合い」って言葉が、あまり好きじゃないんですよ。やっぱり、そのものを「好き」じゃないと、一生懸命になれないんですよ。
__「好きこそ物の上手なれ」ってことですね。
運動神経だけでは勝てない・・・
練習後も話の続きを水垣:ぼくは、何のスポーツをやっても、レギュラーやトップを狙えると思っていたのですが、剣道だけは違いました。剣道部の同期の中で運動神経に関しては、自分が1番か2番だったと思うんですよ。体育で球技やったら、ぼくの方が絶対うまいのに、剣道では勝てない・・・ という選手がたくさんいました。剣道って運動神経だけではない「なにか」があるんだな・・・・と思ったんです。そこで「もっと稽古をがんばろう!」という志は・・・ なかったんです(笑)。いつしか、部活を引退したら「剣道以外でがんばろう」と思ってましたね。
__剣道で「挫折」を経験したのですね。話しは戻しまして、水垣選手が上級生になったときに、後輩へはどうでした?
水垣:ぼくらが上級生になった時から本格的に、雑用的な「仕事」をなくしたので、良い先輩?ヌルい先輩?だったと思いますよ。
__たまにはグサグサやったりは?
水垣:ぼくはやってないっす!突きって苦手だったし(笑)。
__そうでしたか(笑)。そういえば、横浜高校は共学ですか?
水垣:いや、男子校です(残念そうに)。それが剣道へのモチベーションを下げた、原因の一つですね(笑)。共学だったらもう少し稽古もがんばれたと思います! 強ければ「モテるかも!?」って希望も持てますよね??
__そうですね(笑)。ただ、そのことは高校入学前に承知の上で入学を・・・
水垣:そうなんですけんど・・・ やっぱり共学が良かったな~(笑)
※インタビュー前半、どうでしたか?
「残念すぎる」高校時代の話を「ネタ」としていますが
きっと悔しい思いをしていたことでしょう・・・
そして、インタビュー後半では
剣道をバックボーンに?総合格闘技へ挑戦!!
剣道がどのように役立ち、格闘家として強くなったのか
「軽く」語ってもらいました!!
・インタビュー後半はこちらから!!
※2/15アップ
水垣 偉弥(みずがき たけや)
1983年12月16日生まれ 神奈川県出身
身長171cm 体重61キロ
横浜高校剣道部 剣道三段
神奈川県高校剣道大会(団体)優勝、3位
魁星旗全国高校剣道大会 等 出場
関東学院大学大学院 卒業
【総合格闘技】
シューティングジム八景 所属
・2005年2月 「修斗」にてプロデビュー
・2008年12月 CAGE FORCE初代バンタム級王座獲得
・2009年4月 アメリカ総合格闘団体・WECに参戦
(WECバンタム級タイトル挑戦 対ミゲール・トーレス)
・2010年11月 WEC52大会メインでユライア・フェイバーと対戦
・2010年3月3日 「UFC on Versus 3」にてUFCデビュー
※小学1年から剣道を始め、名門・横浜高校剣道部へ。高校3年5月に「剣道引退」を勝手に決意し、同時に格闘技を始め、大学在学中に「修斗」でプロデビュー。
趣味は、時代劇、プロレス、相撲観戦。愛車・HONDA XR250でツーリング。
一時はモトクロスサーキットでの走行を楽しむも、自身でもビックリしてしまうほどの高いジャンプをしてしまい「死ぬかもしれない」と思い、格闘技引退まで封印中。
格闘技では、打撃とレスリングを得意とし、特に右ストレートには定評がある。そのボクシングテクニックはボクシング日本ランカー選手にも引けをとらないという。
現在はUFCに参戦中。UFCバンタム級チャンピオンを目指す。
取材協力
シューティングジム八景
写真提供
t.SAKUMA



















